昨日は10通、5回。
一昨日は8通だったけど、6回で、なんというか、こうなってくると本気なんじゃないか、って誤解しそうになる。

好きで付き合ってたんじゃなかった、と彼は言った。
でも、別れてみたらやっぱり好きで、なんだかもう俺は本気で明里に惚れてんだっつーの!と、彼は言いなおした。

(なんですか、それ。)

九神さんみたいな人が私と、なんてそんなのあり得るはずがなかったんだ、ってやっとのことで納得したんだから、今更そんな。
これはもう、何かのワナだと信じて疑わない私は、ただの臆病者なんだろうか。

でも、こうして、メールだの電話だの(昨日は10通、5回で、一昨日はええと何回だっけ)を欠かさず送ってくる九神さんに、
私はいちいちドキドキする。
ワナ、これはワナ。
昔からだまされやすくて、よくクラスの男の子にもからかって遊ばれたし、前のことで学習したんだから、そう思っても。
おやすみ、とか、なにしてた?とか、メールの文面は短く飾り気なく、そんな風に何気なく話しかけられてしまうとつい気が緩んでしまう。
本気にしちゃダメ。
必死に冷静になろうとする私の心は、いつまで持つんだろう。





バイトが終わると時計は6時を指していて、あたりはもう薄暗い。
日が短くなったな、と思う。
指先が冷たかったから、小さくさすりながら歩いた。

空を見上げて、あ、一番星、と思ったら、周りにはもういくつか星が並んでいて。
なーんだ、とちょっとがっかりすると、鞄の中で携帯電話が音を鳴らしてメールの着信を知らせた。
誰だろう、って、いちいち確認しなくてもそんなの分かってるくせに、律儀にしっかり画面を確認する。
そこに表示された名前に、やっぱり、と思っちゃったことが悔しくて、努めてゆっくりメールを開いた。

――寒くなったな。

このメール主の文面は、いつだってとても短い。
文の最後、全く意味のないらくだの絵文字があって、思わず笑ってしまった。
返信の文章を打ちながら、はたと気づく。
なんだ、これじゃ私のメールのほうが長いじゃない。
悔しくなって打ち直す。

――そうですね。

彼の真似をして、最後にナスの絵文字をつけた。



やりとりは、とても短く。
だけどひっそりと、続いていく。

 いまそと?
 はいそと。
 寒い?
 はい。
 知ってる?暖かくなるおまじない。
 知らないです。
 立ち止まって、二回小さくジャンプしてみ?

住宅街に入って、周りに人もいなかったから。念のためきょろきょろとあたりを確認してから、言われたとおりに小さく跳んでみる。
かちゃ、かちゃ、と。鞄の中でかぎにつけたキーホルダーが鳴る。
でも、何も変わらなかった。指先は変わらず冷えたまま。

(何してるの、私。こんなんで暖かくなるわけ…)

恥ずかしくなって、また足を進め始めた。今度は前より、ちょっと早く。
うそつき、そう返信しようと携帯に右手の親指をかけたときだった。
左手の指先に急に温もりを感じて、私は驚いてちょっと飛びのいた。
振り返ると、そこにはいたずらな笑顔。

「はは、やっぱ明里だった」
「く、九神さん?」
「バイトお疲れ」
「は、はい…あの、なんでこんなところにいるんですか?」
「会いたくなったから、そこの公園に張ってた。遠くに人影見えたから、明里かなーって」
「…それでジャンプ?」
「そ」

ひ、ひどい。
あきれて思わず呟けば、わりい、と全く悪びれた様子もない笑顔で謝られた。
むっとしながらまた歩き出したら、手をつないだまま、九神さんも足を進め始めた。

「暇なんですか、こんな待ち伏せなんて」
「や、忙しいよ。今、近くで撮影してんだけど、いいタイミングで休憩入ったから急いで出てきたんだぜ」
「なんでそんな――」
「なんっつーか、長期戦はもう覚悟してるけど。ちょっとでも早く、俺の本気をわかって欲しい、っつーか」
「……」
「まあ、顔見たいなーと思っただけってのが本当だけど」

九神さんは笑う。
私の顔を見て、本当に幸せそうに。
その顔になんだか顔が熱くなって、私は悔しかったから、必死に口を開いた。

「でもひどい、ジャンプとか、本気にしちゃったじゃないですか」
「ごめんごめん、でも、かわいかったぜ?遠くでなんかぴょこぴょこしてるし」
「ひどい。うそつき」
「や、ウソじゃねーだろ」
「ウソじゃないですか、だって暖かくなんか――」

私の言葉に、握られた手が持ち上げられる。
そこに見えるのは、包まれた指先。

「な?暖かくなっただろ?」

なんかもう、適わない。
だって、これはワナ。本気にしたら、きっとまた傷つくのに。悲しくなるだけなのに。
暖められたのは、指先だけじゃない。多分、もっと別のところ。
ご機嫌に、私の手を握る彼を見て思う。

(―――少しくらい、愛しても?)

それでも私は、やっぱり怖くて、悔しくて。
ほんと、寒くなったよなー。
彼の言葉に、メールと同じ。
意地になって、やっぱり短く返す。

「もう、秋ですもん」







昨日は10通、5回。
一昨日は8通だったけど、6回で、なんというか、こうなってくると本気なんじゃないか、って誤解しそうになる。

うそ。

本気だといいなって。
もうとっくに、期待してるんだ。





END





お題サイト・リライト様の「組み込み課題・気持」の1つをお借りして書きました。
お借りした組み込み課題:(―――少しくらい、愛しても?)