沈黙が痛い。
だから私は、いつもより少しゆっくり歩いた。
いつもなら真横に見える骨ばった肩は、少しななめ前に見えて。
私は先輩の影を、踏みながら歩いた。



私が悪いことくらい分かってるのに。

「…でも、だって、先輩が女の人と楽しそうに話してたから」

さっきから、かわいくない言葉が止まらない。
だって、先輩の顔、いつもよりちょっと緩んでいたし。
声が上ずってた気がするし。
それでもやっぱり、浮気してるでしょ、なんて言っちゃいけないことだって分かってるけど。

「でも、だって、先輩がいつも以上に優しかった気がするし」

相手の女の人が、先輩の先輩だってことくらい知ってるけど、でも。
それでもやっぱり、必要以上に親切にしてた気がするし。
あの重い鉢植えを、女の人が一人で持てないことくらい、私だって分かってるけど、でも。

でも、でもね?…だって。

かわいくない顔で、かわいくない言葉を私は繰り返した。
斜め前に上下する肩を追いかけながら、同じ言葉を、何度も、何度も。



すると、先輩は急に、歩みをぴたりと止めて。
ぐんっと身体を半回転させて、私を振り返った。
そして、大きな手で、私の前髪をくしゃってする。

「――分かったよ」
「え?」
「嫉妬、したんだろ?」
「そ!そんなんじゃ…!」
「いいから、」

「おいで。」

私の視線は、さっきと同じ、斜め前のまま。
でも、違うのは、その斜め前の肩が、ぐんっと伸ばされて。
私の前に、差し出されているということ。

迷っていると、先輩は私の手を、少し乱暴に引っ張った。
さっきまで縦に繋がっていた影は、並んで動き出す。
その、先輩の、少し呆れたような、でもすごく優しい横顔に。
私はやっぱり子どもで、ただの駄々っ子だなぁと思った。
恥ずかしいな、と思った。

「でも、でもね?だって……」
「うん」
「だって、先輩が、好きだから」

私の言葉に、先輩はとてもやわらかく、ため息をついて、
もう一度、今度は頭をわしわしとなでた。
それから。

「うん、でも、だって、」

先輩はそう、私の口調を真似て、視線を合わせた。

「オレも、お前のこと好きだから、並んで歩こう?」

さっきまで、斜め前にあった肩は、私の真横。
その照れくささに、やっぱり私は繰り返す。

でも、でもね?だって。

真っ赤な顔で、かわいくない言い訳を、何度も、何度も繰り返した。





END