夏の太陽が、じりじりとアスファルトを照らしている。
坂の上に目をやればうっすらと陽炎が見えた。

「暑い…」
「夏ですから」
「や、そうだけどよ。でも今日、とりわけ暑いと思わねえか?」
「うーん、そうかなぁ…いつもこんなもんですよ」

そう言って、先輩の横顔を見上げたら、額から一筋、汗が流れ落ちるところだった。
先輩汗っかき?と笑ったら、軽く睨み返された。

「なんだよ、涼しそうな顔しやがって」
「だって、歩き慣れてるもん」
「へーへー。どうせ俺はドアtoドア、車が足のダメな大人ですよ」
「あはは、そこまでは言ってないです」
「目が言ってんぞ」

坂の頂上まで、あと少し。
私たちは笑いながら、一歩一歩と歩みを進めた。




あと数十メートル。
ふいに、真咲先輩が足を止める。
「何ですか?」と振り返れば、ガードレールを越えた道端に、向日葵が咲いている。

「でっけえ向日葵だな」
「本当ですね」
「誰か植えたのか?いやでも、それにしちゃ半端な位置」

向日葵が生えているそこはきつい斜面で、もちろん回りに民家はない。
手入れされている風もなく、周りに同じような向日葵もない。

「何かでここに種が落ちて、自然と育ったみたいですよね」
「あー、そうだな。よくここまで一人で立派に育ったもんだ」
「あはは、ほんと。先輩より大きいですもんね」
「…なんかそれ、悔しいな。オレ、でかいことが取柄なのに」
「負けましたね」
「…あー、腹立つ」

口ではそんなことを言いながら、先輩はいとおしそうに、花びらを指で撫でた。
向日葵に向けられる先輩の優しい視線を見ていたら、花に負けた気がしてなんだか私も悔しくなった。
あんな目で、私のことも見てくれたらいいのに。

「なんだ?」
「…別に、なんでもありませんけど?」
「ヘンな奴」

そう言って、先輩は私の頭を撫でた。
手つきはさっきよりずっと、荒っぽかった。




頂上まで、あと数歩。
先輩は流れる汗をぬぐって、もう一度「暑い」とつぶやいた。
「あと少しですから頑張りましょう!」と、ふざけて先輩の背中を手で押す。
背中が、思ったよりもずっとずっと大きくて、びっくりした。
1枚の布越しに感じた先輩の体温はとても熱くて、ドキドキした。

「はい、頂上です!」

自分の動揺を振り切るみたいに、大袈裟に声を上げれば、先輩は天を仰いで大きく息を吐いた。

「やっぱキツイなあ。ちょっと前までここを毎日通ってたなんて、嘘みたいだ」

立ち止まって、二人で歩いてきた道を振り返る。
そこには、長い長い下り坂が伸びている。

「向日葵、ここから見ても大きいですね」
「そうだな。やっぱり、こうして見ると実感するな」
「何を、ですか?」
「自然と育ったもんの方が、でっかくて強い。下手に手かけたもんよりずっと」

陽炎の中、ぴんと背を伸ばす向日葵を見た。
そこには確かに、花屋で見る花とはまた違う、決して揺るがないような美しさがあった。
向日葵は、生命力に満ち溢れている。



「…人間も、同じようなもんなんだろうな」



ぽつりとこぼされた言葉に、先輩を振り返る。
先輩はじっと、向日葵を見つめていた。

「人間も…?」
「考えて考えて生まれた気持ちよりも、気がついたら育ってた気持ちのほうが、きっとずっと強い」

どういう意味ですか?と首を傾げれば。
先輩は笑った。

「無理だって分かってても、こうしてつい、おまえと帰るなんていう無茶をしちまうって話」
「…坂道を登る体力もないのに、ってことですか?」
「そう取るのか…」
「違うんですか?」
「さあなー」

先輩は、「ほれ、鈍感。行くぞ」とまた歩き始めた。
慌てて後ろを追いかけて、私は言う。

「ど、鈍感って私のことですか?!」
「他に誰かいたかー?」
「ひ、ひどっ」
「ま、おまえはそのままでいてくれな。下手に手かけんなよ」



「…そのほうが、ずっといい。おまえはそれでいい」



並んで歩く、通学路。
先輩の肩が、いつもより近くてドキドキした。
一緒の目線で歩けた気がして、嬉しかった。



頬を緩ませる、私の後ろ。



向日葵が陽炎の中で、太陽を仰いでいた。







END