ごろり、と、横になった元春の隣。
膝を抱えながらぼんやりと視線を送るその先には、華やかな、色、色。
テレビに映し出される華やかな晴れ着は、近くの神社の初詣の様子だった。
「…元春」
「うん?」
「は、」
―はつもうで、行かない?
と、言いかけた口の動きを意識的に止める。
危ない危ない。
去年、私たちは今正にテレビに映っている神社に初詣に行って、散々な目に遭った。
人ごみ、なんてもんじゃなくて、ぎゅうぎゅうに溢れて身動きもままならないすし詰めの人。
浮かれてちゃっかり着物なんて着ちゃったもんだから、押されてへされて(へされるってなんだろう?)着崩れて、身も心もボロボロになった。
手だけは離さないようにって握ってたのに、気づけば離れてしっかり迷子。
あらかじめ決めておいた、ちょっと離れたところの自動販売機で無事合流できたものの、
その後また、あの人ごみに再戦する気にはなれなくて、結局離れた出店でりんごあめを一つ買って帰ってきた。
元旦に初詣なんて行くもんじゃねーな、と、今でも頭に残っている、あのときの元春の言葉。
慌ててしまった言葉を飲み込んで、またテレビに意識を戻した。
「は、って、なんだよ」
「ごめんごめん。なんでもない」
「なんだよ、言いかけてやめんなよー」
「間違ったの。気にしないで」
私は笑ってそう言ってみたものの、元春はもどかしそうな視線で私を見て、半身を起こした。
そして「すっきりしねえなあ」と、一言。
その言い方が、本当にすっきりしない、
まるでジャージでごろごろ寝正月を過ごす元春そのものみたいだったから、私は思わず噴出した。
「たいしたことないんだけどね」と前置きを忘れずに、私は元春に「は」の続きを話し始める。
「初詣」
「え?」
「初詣、行きたいなー、なんて。でも、去年散々だったこと思い出したの」
「ああ、なるほど」
やっと納得したような顔で、元春はテレビに顔を戻した。
そこには、今年もぎゅうぎゅうの人、人、人。
やっぱりここに突っ込んでいく気にはならないね、と、2人で苦笑した。
2人分、お茶を入れて、居間に戻る。
元春に差し出すと、「サンキュ」と早速一口。
立ち上る湯気をなんとなく目で追いながら、隣に座って私もお茶を一口。
「でも、ずっとだったんだよな」
「え?」
「初詣、一緒に行ってたろ? おまえが高1んときからだから、ええと…去年までで6回、か?」
「わ、そんなに!」
高校を卒業して、今が大学4年だからええと…そうか、6回。
1年に1回のイベントごとが、だんだん“当たり前のこと”になっていくことに気がつく。
思えば、誕生日も、クリスマスも、バレンタインやホワイトデーも。
もちろん、初詣も。
「付き合うまでは、どうやって誘おうかって、そっから一大イベントだったなあ」
元春の一言に笑いながら、
「なんだか、今が老夫婦みたいでちょっとがっかりする、それ」
と言うと、元春は手を口元に当てて、神妙な顔つきをした。
「…たしかに。ごめん」
「謝ることじゃないよ。だって、6回分、思い出があるってすごく幸せなことだし」
去年の初詣なんて、きっと10年後も笑い話だよ。
私が言ったら、元春はとても優しい顔で笑って、私の頭をくしゃりと撫でた。
意味も分からず首を傾げたら、元春は嬉しそうに、小さなキスをくれた。
「10年後って、なんだかプロポーズでもされたみてえだな、オレ」
結局、私たちは寝正月を覆すために、近所の小さな神社に歩いてお参りに来た。
人もまばらな境内で、ぱんぱん、と、手を打つ。
お賽銭は5円。
これ以上のご縁なんていらないけど、元春との縁が切れませんように。
…なんて、似合わないから口には出さないけれど。
「何願ったんだ?」
「ヒミツ。元春は?」
「黙秘だな」
にしし、と顔を見合わせていると、隅っこのテントから人が出てくる。
大きな神社と違って出店は出ていなかったけれど、どうやら甘酒が振舞われているらしかった。
どうぞ、と差し出されたそれを受け取って、2人でお礼を言った。
「…なんか、ますますジジイみたいだな」
「去年はりんごあめだったのにね。ますます老け込んじゃったね」
「ま、オレは甘酒のが好きだけどな」
「私はどっちも好き」
食いしん坊、と、おでこを小突かれる。
2人して、部屋着と寝癖をを隠すみたいなもっこもこの格好で、しかも甘酒すすってる、なんて色気もなにもないけれど。
本当に、老夫婦みたいだけど。
それで、いいんだ。それが、いいんだ。
だって、こうしていると、
“本物の老夫婦になれますように”
私の願い事。
叶うんじゃないかな、って予感を、ずっと強く、感じられるから。
「来年は、雑煮を狙おうぜ」
元春の言葉に、笑いながら、力いっぱい頷いた。
END