明里ちゃんの朝ごはんは、パン。
そのパンは、トーストだったり、クロワッサンだったり、フランスパンだったり、色々だけど。
その隣に必ず添えられているのが、オレンジマーマレード。

「小さい頃から、大好きなんです」

彼女オススメのそれは、ここからは少し遠い小さなジャム専門店のものらしい。
これじゃダメなの?と、スーパーのジャムを指差すと、彼女は笑顔で首を振る。

「一度食べたら、他のなんて食べられなくなりますよ?」

ためしに少しなめてみると、オレが知ってるそれより、わずかに苦い。
もう少し甘い方が好みだなと呟くと、子どもなんだから、と彼女は笑った。



彼女の大好きなオレンジマーマレードは、
透明で透き通った八角形のガラスに、金色のふたの小瓶に入っている。
一緒に暮らし始めてもう何年も経つオレたちのマンションの台所には、その小瓶がずらりと並ぶ。

からっぽの小瓶。

最初は気にも留めていなかったのに、最近では数も増えてきて、どうにも気になってしまう。
だって、まるで。
中身のなくなってしまったそれは、少しずつ増えていくオレたちの恋愛の隙間のようで。
一緒に色んなことをして、全てをやりつくしてしまったら。
いつか別れがくるんじゃないだろうか?

この小瓶があといくつ増えたら、そのときが来る?

ゆっくり、でも確実に増えていくからっぽのそれに、
オレは勝手に不安のカウントダウンを始めちゃうんだ。



憂鬱な気持ちで、その小瓶を手に取り眺めていると。

「祥行さん?…あ、瓶、随分たまっちゃいましたね」

君が後ろからそれを覗き込む。
いくつものからっぽの存在を、明里ちゃんに気づかれたくなくて。
オレはとっさにその小瓶を後ろに隠した。
すると、彼女は小首をかしげて、そしてぽんと手をたたく。

「そうだ!」

そう言って、彼女が冷蔵庫から取り出したのは、昨日買ってきたオレンジ。
それを小さく持ち上げて、彼女は笑った。

「ジャム、自分で作ってみようかな」
「…え?」

あっけにとられるオレを尻目に、彼女は手際よく準備を始める。
そして、あっという間にそれらしいものを作ってしまって。

「祥行さん好みに、ちょっと甘めですよ?だから祥行さん用」

そう言って、ジャムの付いたへらをオレに差し出した。
少し指に取り、なめてみると。
彼女のお気に入りのオレンジマーマレードより、少し甘い。
本当にオレ好みの味だった。



そして、小瓶に注がれた、たくさんのオレンジ。
台所にずらりと並んでいたからっぽは、途端に色づく。

あぁ、そうだ。
なくなったら、何度でもまた、満たしていけばいい。
自分で作って、オレたちの間に流し込めばいい。



彼女の作ったオレンジマーマレードのように、鮮やかで、甘い。
きらきら光る、たくさんの気持ち。





END