蒸し暑かった一日の終わり。
仕事を終えてジムを出ると、外は土砂降りだった。
「あー、すごい…」
「何やってんだー、祥行…って、おっ、雨か」
「あ、おやっさん。お疲れ様っす」
「おー、お疲れ」
朝から、じりじりと焦がすように太陽が昇っていたこの日。
オレはもちろん傘なんて持ってきているはずもなく、小さく舌打ちをした。
それを見たおやっさんは笑った。
「なーに、すぐ止むだろ。涼しくなるし、恵みの雨じゃねえか」
「そうだろうけどさあ…」
「はは、一分でも一秒でも、早く帰りてえか」
「ま、そういうこと」
「なんだよ、全く、」
とんだ親バカになったもんだ。
おやっさんは、がはは、と声を上げて笑った。
ジムにある大きな窓から、地面を叩きつける雨を見ていた。
今頃、明里ちゃんとあの子は何をしているだろう。
昼寝の時間だろうか。
それとも、一緒にテレビでも見て笑ってるんだろうか。
ぐずってるかもしれない。おっぱいを飲んでるかもしれない。
大好きな明里ちゃんが、愛おしいあの子を抱いている姿を思い浮かべていると、
窓に映っただらしない顔の自分と、目が合った。
「ほんと、とんだ親バカになったもんだ…」
ああ、早く止めばいいのに。
本当に、一分でも、一秒でも早く、あの場所に帰りたい。
あの顔に、会いたい。
親バカ上等。
愛しい二つの笑顔のためなら、バカにだって、アホにだって。
なんにだって、なってみせようじゃないか。
遠くに、光が見え始めた。
もうじき、雨も止むだろう。
「走って帰っちゃおうかなあ」
立ち上がって、扉を開ける。
小ぶりになった雨粒を確かめるように手を伸ばすと、突然、辺りが赤くなった。
「濡れちゃうよ」
声に後ろを振り返れば、頭の中に浮かべた笑顔とぴったり一致した。
「明里ちゃん」
「お迎え来ちゃった。この子も一緒に」
「うっわー、ありがとね。あ、寝てる」
「出掛けぐずってたんだけど、すぐ寝ちゃった。疲れたのかな」
彼女の背中の寝顔のほっぺを、そっと人差し指でつついて。
「お父さん仕事終わりましたよー」と小声でささやいたら、笑われた。
「祥行さん、親バカ」
「光栄です」
「ふふ、何それ」
明里ちゃんの手から、赤い傘を受け取る。
そして、その大きな傘を、二人のちょうど真ん中に掲げて。
ゆっくりと、歩き始める。
「さ、おうちに帰ろう」
夕日の、向こう側。
虹がきらきらと、光っていた。
END