秋は空が高くなる、と言っていたのは、彼女だったか。
見上げた空は、確かに高く、どこまでも高く、その青は澄みきっている。
でも、その澄んだ青のすみっこに。
首をもたげた向日葵、思い出したようにきらりと暑さを見せる日差し、玄関先のビーチサンダル、置かれたままの扇風機。
取り残された夏の面影が、少しだけ寂しそうに、たまにゆらり、と揺れる。
また1年、過ぎれば同じ季節は巡ってくるのに、どうしてだろう。
もう同じ夏は二度とやって来ない、その儚さのほうが、色は濃い。
ポケットに、無造作に押し込んでいた携帯を引っ張り出す。
着信履歴を呼び出して、一番上、彼女の名前で通話ボタンを押した。
電子音が、ぷつっ、と。
途切れたとき、その向こうに、ここではないどこかの世界が広がった。
『はい、もしもし』
「…もしもし、オレ」
『祥行さん。どうしました?』
「…うん」
これから間もなく、秋が来て。
冬、春、そうすれば、次は、夏。
季節は繋がる。淡々と、でも劇的に。
『祥行さん?』
「うん」
『何かあったの?』
世界、も。繋がる。
今ここにいるオレと、何駅か離れた場所でバイトを終えた、君の世界も。
手繰り寄せれば、傍に行ける。確かに繋がっているのに。
なんとなく、切ないのは。
こんなわずかな距離さえ、寂しく感じてしまうのは、どうしてだろう。
「空が、」
『え?』
「空が、あまりにも高くて青いから。君に教えたくなった」
君が、恋しくなるのはどうしてだろう。
「…君に、会いたくなった」
電話の向こう、あきれた息遣いでちょっと笑って、それでも、うん、と返事が聞こえた。
今すぐ行くよ、と言ったオレに、彼女は一言。『もう向かってます』
「えっ?」
『だって、空があんまり高いから』
私も。
『私も、会いたくなりました』
寂しくなるのは、切なくなるのは。
恋しく、なるのは。
どうしてだろう?
それはきっと、彼女と過ごした、楽しい夏の、思い出、が。
取り残された夏の残像と一緒に、記憶の中、たまにゆらり、と揺れて輝くから。
数十分後、息を切らせて走ってくる彼女を視界に捉えた。
無意識に早まった自分の足取りもそのままに、正面まで来て、向かい合う。
「…おかしいなあ」
「…おかしいですねえ」
空が高いから、なんて、その理由のめちゃくちゃさは、2人で笑って吹き飛ばして。
手を繋ぐ。
季節が、世界が繋がるみたいに。
いつになっても、どこにいても、彼女とオレも、繋がっていられるように。
しまい忘れた風鈴が、窓辺でちりんと音を立てた。
END