お賽銭を投げて、がらがらって鳴らして。
ぱんぱん、と、手を打ったところで、はたと我に返った。
(ええと、願い事――)
頭の中が、真っ白。
その白に無理やり何かを描いてみようとしたけれど、叶えたいことなんてちっとも思い浮かばなくて、
あわせた手をそのままにぼんやりしていると、人の波に押されてしまった。
「明里ちゃん?」
「え、あ――はい?」
「どうしたの、ぼっとして。願い事、した?」
「えっと…祥行さんは、しました?」
「うん」
「そうですか」
なんとなく気の抜けた私の様子に、祥行さんはふと感づいたらしく、
「ここからでも、願い事届くと思うよ?」と境内に向き直った。
つられるように、私も向き直る。
(願い事、願い事――)
考えてみたけれど、やっぱり願い事は何も浮かばない。
なんだか変な感じがして、去年を思い出す。
去年は何を願った? ここで私は、何を考えていた…?
ふと、よみがえった記憶。
私は慌てて、境内に向かって一礼する。
そして、心の中で一言、唱えた。
(ありがとう、ございました)
手を繋いで、神社の敷地の中を歩きながら、どうしてあんなに重要なことを、と思う。
去年までの数年間、あんなに強く強く、願っていたこと。
まるで、届かなかったら砕けてしまうんじゃないかって、そういうことに怯えるみたいに、ただ必死で。
『祥行さんの目が、見えるようになりますように』
思わず涙がこぼれた年もあった。
手に力を込めすぎて、じんじんと痛んだ年もあった。
でも、こうして叶ってしまった途端、そういうことは全部、すぽっと飛んでしまうんだから私はゲンキン。
叶えてもらったのにごめんなさい、と心の中でお詫びしていると、祥行さんの顔が視界いっぱいにあらわれる。
「う、わっ」
「はは、うわ、って。大丈夫? もう何回も名前呼んでたんだけど」
「ごめんなさい、ちょっと考え事してて」
「何考えてたの?」
「あの、去年まで、毎年ここで祥行さんの目の事お願いしてたなって」
「えっ?」
「願い事、叶えてもらっちゃったのに、さっきまですっかりお礼忘れててちょぴり罪悪感を」
覗き込んでくれるその顔に、へへ、と笑うと。
祥行さんは柔らかく、とても柔らかく表情を崩して、私の頭を撫でた。
「…ありがとう、明里ちゃん」
じゃあもう一回、ちゃんとお礼言いにいこうか?
彼の一言で、私たちはまた、参拝の列の最後尾に並びなおした。
願い事が思い浮かばないのは、きっと、今が幸せだから。
隣に、祥行さんがいて、健康で、笑いあうことができて。
そりゃ、たまにはケンカもするし、むかっと来ちゃうこともあるけど、それでもいいんだ。
こうしてもらった奇跡を大事にしながら、一緒にいられれば、それだけで。
「ずっと一緒にいられますようにって、お願いしたほうがいいかなあ…」
こそっと呟いた私の隣。
祥行さんは笑って、言った。
「それをかなえるのは、オレの役目」
握った手の力がきゅっと強くなったのが嬉しくて。
照れ隠し、「じゃあ、今年もよろしくお願いします」と、祥行さんのポケットにお賽銭代わりの飴玉を一つ。
お辞儀をしてから、私の手の力も、ほんの少し、強くしてみた。
END