赤く染まった目、ずびっと音を立てる鼻。
いつもと違う、口から出入りする小さな呼吸とか、ちょっと火照った頬。
「かわいいなあ…」
ぽろりと出た本音に、目の前の彼女は「へ?」と間抜けな返事。
いや、ごめんね、不謹慎なのは分かってるんだけど。
「いや、ね、花粉症ってのも案外、色気があるもんだなあ、って」
「…へ?」
鼻声に誘われるように、頬に触れた。
潤んだ目がたまらなくてキスをちゅっとしたら、我に返った彼女は視線をきつくした。
「もー…やめてください」
「だって、かわいいんだもん」
「だもん、じゃないです」
「そそるんだもん」
「だから、だもん、じゃないです」
男というのは、実に情けない生き物だ。
愛してる、大切だ、と言いながらも、欲望には常に忠実。
何の本だったかな。
風邪を引いたとき、本気で看病できるのは女の特権。
男はあれこれ世話を焼いたとしても、やっぱりどうしても考えてしまうらしいというのを、何かで読んだことがある。
何を考えるって、あれですよ、「ベットにいるんだし、あわよくば…」なーんて、そんなヨコシマなこと、ですよ。
…うん、実にね。
男というのは、情けない生き物。
「…あの?」
「うん? どしたの、明里ちゃん」
「何する気ですか?」
「何って、ちゅー…わ、いてっ」
つねられたほっぺ。
ごめんごめんと謝ってみたけれど、「鼻が詰まってるときに、キスは苦しいんです」と、
彼女は力なく睨みながら俺の顔を容赦なくつまむ。
でも、や、やばいやばい。
その視線、すごくやばいよ、明里ちゃん。
やばいよ、可愛いよ。
「だから、よしゆきさん!」
「だってしょうがないでしょ! ってか、そんな鼻声でオレを呼ばないで! かわいい!」
ソファの上。
やめられなくなってしまったキスを繰り返していると、彼女の呼吸が加速する。
分かってる、分かってるんだよ、ただ酸素が足りないだけ、ってね。
でも、ごめんね、明里ちゃん。
男は本当に、情けない生き物で、オレは無念だけれどそんな情けない男、なんだ。
「くるしいー…」
「じゃあ、キスじゃなくて、ね?」
「ね? って、えっ?!」
ぎゅ、と抱きしめて、思わず押し倒す。
あー、もう、かわいいかわいい!
その潤んだ赤い目も、鼻声も、ちょっと高い体温も、全部。
どうしようもなく、オレをどきどきさせて、もう、すごく…ああもう、ヤバい!
「ちょっと、よしゆきさ、ん…!」
「…だって、好きなんだもん」
花粉症の君がかわいいから。
そんな君に、オレはたまらなく欲情しちゃう。
不謹慎で、ごめんね?
謝りながら君を愛する、そんな、ある晴れた春の午後。
「だもん、じゃないです…!」
END