もし、言い訳をさせてもらえるなら、忘れていたのではなく本当にそんな話聞いてなかった、ということだ。
だって、もしも聞いていたなら忘れるはずがない、だってずっと前から行ってみたいと思ってたアロママッサージの無料体験だもん。
あれは、絶対あの子が悪い。
泊まりにきたとき、寝る間際に言った、なんて、私は絶対もう寝ていたに違いないんだから。
「ごめん!ほんっとにごめん!」
というわけで、明日に控えた久しぶりの大学の休み、私は見事にダブルブッキングをしてしまって、今、電話の向こうの恋人のに謝っている。
気になる彼の反応は、といえば、怒っているというより不機嫌だ。
もう、仕方ねえから行ってくれば、というお言葉はいただいている。
ただ問題なのは、仕方ねえ、の部分が強調されていることだ。
「あのね、前の連休に2人で遊園地行ったじゃない?
あのときもその子に誘われてて、でも志波くんと先約あるからって断ってて」
「ああ、知ってる」
「あ、覚えてた?だからね、今回断っちゃうと結局女の友情なんてそんなもんーとか言われちゃうと思うのね」
「大変だな」
「うん、だからね、ごめん、ほんっとにごめんなんだけど、映画は公開中に絶対行けるように私がなんとかするから、だから」
「…ああ、分かったって。行ってこいよ」
「ごめんね、ほんとにごめんね」
「ああ、“仕方ねえ”だろ」
ほら。
ああもう、なんというかそんなに楽しみにしてくれてたんだなーと思うともちろん嬉しいのですが、
さっきからちくちくと刺激される罪悪感はどうしたもんだろう。
これはやっぱりあれでしょうか、お詫びになにか、というものが必要でしょうか。
“仕方ねえ”の後にため息が加わり始めたので、私はそう思って口を開く。
「あの、お詫びと言ってはなんですが、私にできることがあればなにか」
「へえ…なんでもいいのか?」
「家買え!とか、宇宙旅行に連れてけ!とか、そういう無茶なのじゃなければ」
「…なるほど」
私の提案に、志波くんは予想以上にノリノリのようで、不機嫌の言葉もため息もぴたりと止む。
そうなると今度は私が不安になる番だ。
こう見えて、志波くんは隠れた策士だ。
何か無理難題を押し付けられるんじゃないだろうか。
じゃあ、と切り出す彼の声に、ぎくりと背筋が凍る。
でも、その後に発せられた言葉に、私は拍子抜けした。
「…じゃあ、プリン二個で手を打とう」
「はい?」
「プリン二個」
予期せぬかわいいお願いに一瞬言葉を失って、はっと我に返る。
ああ、プリンね、プリン二個。
でもそんなのでいいんですか?
いくら私の相談しづらい財布でも、ご飯一食分くらいはなんとか応じてくれると思いますが。
「というか、志波くん」
「なんだ?」
「甘いもの好きでも、さすがにプリン二個はあれじゃないですか?一個は杏仁豆腐にしましょうか?」
「別にオレが一人で二個食うなんて言ってないだろ」
「あ、それもそうか」
「明日の帰り道、買ってきてくれ」
「はーい、了解です」
そっか、志波くんなら二個いけなくもないだろうけどプリンはくどいかなーと思ったけど、そっかそっか。
じゃあ奮発してビッグなプッチンを二つ買ってくね、と言ったところで、はたと気づく。
「というか、志波くん」
「なんだ?」
明日の帰り道。
予約は5時なので、それはつまり夕方というよりむしろ夜。
あの、それってつまり、ビッグなプッチンのもう一つの行方は――
「………おまえに決まってんだろ」
ぶっきらぼうな声がした。
お詫びの二個のプリンの行方は、ドタキャンされた志波くんと、ドタキャンをした私の分。
なんだそれ、わー、なんだそれ!
なんだか、頬がどうしても緩んで、にへへへへ、と笑ったら、気持ち悪い、とため息を返された。
ドタキャンされた不機嫌な私の彼は、お詫びの品にプリン二個を要求した。
そこに隠された意味。
――夜でも会いたい。少しでも会いたい。
翌日、ビッグなプッチンの入った袋を片手に、思う。
彼はなかなか、愛おしい策士だ。
END
お題サイト・リライト様の「組み込み課題・台詞」の1つをお借りして書きました。
お借りした組み込み課題:「…じゃあ、プリン二個で手を打とう」