男の人が、というか、まさか志波くんが。
お菓子が、もとい、甘いものが大好きで、ましてやケーキには目がないなんて、誰が想像できただろう。
無口でクールで通ってるし、体も大きいしスポーツマンだし、なにより、ちょっと怖い、とか言われてるし。
でも、私は知っている。彼女だから。
…彼女だから! (嬉しいので二度言っておく。心の中くらい、自慢したっていいでしょう!)
だから、今、信号待ちの志波くんが、どうして斜め後ろを振り返っているのかも知っているつもり。
もしもし、志波くん? ずばり、言い当ててみせましょう!
あなたがみているのは、斜め後ろ、あのケーキ屋さんの。
「“春限定、苺モンブラン”」
「…は?」
「見てたでしょ、“春限定、苺モンブラン”!」
ウルサイ、と、少し罰が悪そうに視線をそらすって、ああもう、私の答えは正解ですね。
「ね、卒業祝いに二人で食べようよ」、と、待っていたはずの信号とは逆、私は彼の袖を引っ張ってみる。
不満そうに、だけど素直に付いてくる、その大きな体が嬉しくて。
思わず笑ったら、勘違いした彼が、弱い視線で私を睨んだ。
「…本当は、おまえが食いたいだけのくせに」
「あはは、分かっちゃった?」
結局買ってしまった、苺のモンブラン。
その箱を、彼の部屋に帰ってきて真っ先にテーブルにおいて、早速、開いて。
「おいしそうだねー」
思わずうっとりとため息をつくと、志波くんは呆れ顔。
私のでこっぱちを、その大きな人差し指で、ぴん、とはじいた。
「…おまえ、すげえ、食いしん坊」
「“バンザイ!”」
「……はいはい。ほら、食うぞ」
「はーい」
お茶を淹れて、お皿とフォークを準備して。
私たちは向かい合って、ケーキを食べ始めた。
鼻先をくすぐる、甘酸っぱい苺のにおい。
控えめな桃色のクリーム、そして、頂点にちょこんと乗っかるつやつやした苺。
「うー…! おいしいね」
「ああ、想像以上に美味い」
「志波くんが見てたとき、モンブランって栗でしょ? 苺じゃないでしょ? って思ってたの。ごめんなさい! おいしい!」
「…よかったな」
私がはしゃいで、志波くんが呆れて。
付き合う前から、私たちはいつもこのテンポ。
うるさい私と無口な彼、ミスマッチに見えるかもしれないけれど、でも、多分そんなこともない。
だって、知ってるんだ。
こうして同じものを食べて、おいしいって思えることとか。
甘いものに目がないのは志波くんだけじゃない、私だって同じだし。
「ね、志波くんも、“限定”に弱いでしょ?」
「…食いもんはな。そんとき食っとかないと、後で食えなくなるし」
「だよね!」
案外、似たもの同士なのかもしれないと、気づいたのは最近こと、だけど。
それに、思うんだ。
似ている部分や、違う部分。
こうしてどうでもいい会話をしたり、たまにはケンカしたりしながら、少しずつ見つけて、そのたびに私は。
まるで花壇のチューリップの花が開くとき、初めて色が分かることみたいにわくわくするのだから、それはもう。
違う部分だってきっと丸ごと、好きになれるんじゃないかって、そう、思うんだ。
「ねえ、志波くん、好きなものは最後?」
「だな」
「ですよねー」
最後に残った苺を指でつまんで、口に運べば。
甘酸っぱい味がふわっと広がって、思わず頬が緩んだ。
私の指についたクリームに気づいた志波くんが、ふざけるみたいに、私の手を取って。
「このマニキュア、限定品だっけ?」と、ぺろりとなめるから、私は思わず、志波くんみたいに無口になってしまった。
やっぱり、思った以上に似ているんだ、私たち。
「好きなものは最後、だろ?」
苺モンブランの、最後の最後。
志波くんはにやりと笑って、私の唇に春色の吐息をくれた。
END