できるんだろうか。
ずっと欲しがりだったオレが、たった一人を。
自分の欲求だけで奪って、囲って、幸せにできるんだろうか。
気持ちが、足が、止まった。
こんなん情けないと思うのに、自分のエゴが許せなかった。






【ホワイト】






いつもの青の包みを片手に下げて、ちゃんが泣きそうな顔でこちらを振返る。
教室に来たときから、何かおかしいなとは思っていた。
こわばった頬、切羽詰まったような声、何かを決意したような緊張した眼差し。

「姫条が、好き」

悲しそうに、苦しそうに。
ちゃんが紡いだのは、学園祭の夕日の中で聞いたあの時と同じ言葉だった。
どうして、と思いながら、指先が冷えていくのを感じた。
一つの予感が、思考を少しずつ浸食していく。

「私の好きは、“姫条が欲しい”の好き。“私だけ好きでいて欲しい”の好き。“独占したい”の好き」

一つ一つをかみしめるように。
真っ直ぐにオレを見て、気持ちを声に乗せる彼女に胸が痛くなる。
知っとったんや。
どっちつかずのまま、臆病に他の子との時間を持つオレを、この子は全部、知っとった。
もちろん、隠せているなんて思っていなかった。
入学して割とすぐの頃から派手な噂が立ってたのも知っていたし、休み時間も帰り道も、別に隠れたりしていなかった。
でも、そういう事とこの子の事は、オレの中では全く別物で。

「たった一人、姫条が好き、の、好き。だから、もう一緒にご飯食べられない」

でも、目に涙を溜めながらオレを見てそう呟く彼女を見て思う。
傷つけてしまった。
自分が寂しくて、傷つきたくなくて、オレはそんなんばっかりで、こうしてこの子を傷つけてしまった。



「私だけじゃないのが、寂しいし、苦しい」



言葉と一緒に差し出されたブルーの包みが、彼女の手からオレの手に預けられる。
冷えた手に、汗がじわりと湧いた。
予感が確信に変わる。
このままじゃ、終わりが来てしまう。だから早く。早く何かを――。

「最後のお弁当。お弁当箱は、返さなくていいから」

思考が、気持ちが、真っ白になる。
アホみたい、どうでもいい時にヘラヘラ動く口は、まるで呪いにかかったみたいに固まったまま。

「勝手でごめんね、ありがとう。 ……じゃあね」

背を向ける彼女に焦りが走る。
なあ、お願い。行かんといて。
好きや。本当に。多分、同じ意味で、同じ重さで、同じ熱さで。
オレはキミが、大好きや。大好きなんや。

ちゃん!」

声と同時、鉛色の扉がバタンと閉まる。
遅かった。いや、まだ間に合う? 追いかけな。
足を一歩進めたところで、突然強く吹いた風に空気が舞い上がる。

(……ホンマに?)

乱される。自分の中の臆病が顔を出して、またオレの気持ちを乱していく。

(ホンマに欲しい? 大事にできる? 傷つけない?)

できるんだろうか。
ずっと欲しがりだったオレが、たった一人を。
自分の欲求だけで奪って、囲って、幸せにできるんだろうか。
気持ちが、足が、止まった。
こんなん情けないと思うのに、自分のエゴが許せなかった。



真っ白な思考のまま、脱力してそこに座る。
さっき、扉を開いたときに広がっていた青空はもう、風に運ばれてきた雲の下。

(……白い)

ぼんやりと眺めて、視線を落とす。
大好きなあの子が置いていったブルーの包み。
これを受け取る時、彼女はいつも笑っていた。よく笑う子だと思っていた、それなのに。

(泣かせたんはオレや)

胸の痛みに震える指先でその包みを開けた。
大きめのお弁当箱。「ごめん、小さかったね」と彼女が笑った小さめの箸。
ふたを開ける瞬間、不安そうにオレの表情を窺う眼差しが大好きだった。
どんなんでも、何だって。
あの子が作るものなら、オレは嬉しいのに。



一人きりで弁当を開いて、涙がこぼれた。



いつだったろう、彼女に伝えたオレの好物。
お弁当の一角に丁寧に詰められていたそれを見て、どうしようもなく彼女が好きだと思ったら、涙がこぼれた。

『いつか作ってな』

思い出す。
約束と言うには頼りない雑談の中で、オレは確かにそう言って、そして。

『うー……ちょっと難易度高いと思う』
『そか? オレの得意料理でもあるんやけど』
『じゃあまずお手本をお願いします』
『よし来た。任せとき!』

忘れていた薄情な自分に、また胸が痛んだけれど。
間に合うだろうか。
今からでも。あの時の約束は、まだ有効だろうか。

泣きながら、飲み下す。

不器用なあの子が作った不格好なそれは、あの子らしい暖かな味。
いつもそうだった。
苦手でも、自信がなくても、彼女は真っ直ぐにオレを見てくれた。笑ってくれた。言葉をくれた。
……幸せを、くれた。

(ならば、オレも)

二度と食べられないのかもしれないと思うと、勿体なかったけれど。
絶対に無駄になんかできへんから、オレは全部それを食べた。
食べながら、決意を固めた。



空になった弁当箱。
あの子はいつもたくさんの幸せで満たしてくれたから、今度はオレの番。
愛するのが下手くそなオレやけど、できる限り真っ直ぐに。

彼女に伝えたいと、思った。






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