昔、誰かが言ってた。
ヒグラシは、土から出て一週間で死んじゃうんだって。
その間に、好きな人に巡り会うため、必死で鳴き続けるんだって。






【ヒグラシ】






7月。
もう少しで夏休み。

今日も暑い。
すごい暑い。

こんな日に、学校で授業受けるなんて本当はダルくてたまらないんだけど。
最近私は、学校に行きたくてたまらない。
それはきっと、勉強以外に、目的ができたから。



姫条まどか。
好きな奴に、会うため。



恋愛は、オシャレするのと同じ。
自分のステータスになるような男じゃなきゃ付き合いたくないし、自分にあった人じゃなきゃイヤ。
そう思ってた。
誰かにめちゃくちゃ惚れる自分なんて、想像つかなかった。

けれど。

姫条は違う。
そりゃ、最初は外見で惹かれたところもあったけど。
姫条なら、情けなくても、勝手でも、好き。
合わないんだったら、アタシが合わせる。
なにがなんでも、好き。
どうしても……好きになって欲しい。



この思いは、きっと。
きっと叶わないんだろうなって知ったのは、最近のこと。







「何をそんなに悩んでるのよ、アンタらしくない。いつもみたいに軽口たたいて誘えばいいじゃん。得意でしょ、そーいうの」

放課後の教室。
相談を持ちかけきた姫条は、アタシの机にだらんとうなだれている。

「ちゃうねん、あの子はそんなんじゃないんや!軽く誘うとか、そういうんやなくて…本気やねん」

パズルの解けない子どものような顔をした姫条は、大好きなあのコとの進展をアタシに相談する。
アタシの気も知らないで…と思いながらも、姫条の頼みを断れるはずもなく、アタシはいつもこんな話を聞いている。
…我ながら、情けない。

「だったらなおさら、誘ってみなさいよ!二の足踏んでたら誰かに持ってかれるよ」

うちわをぱたぱたやりながら、うなっている姫条に視線を落とす。
そのもどかしい表情が、暑さのせいならいいのになと、頭の隅で思う。
制服の半袖からのぞく腕は、日に焼けてとてもたくましい。

「アンタだって知ってるでしょ?あのコのこと好きなの、アンタだけじゃないって」

姫条はがばっと身体を起こす。
まっすぐに向けられたその目は懸命に隠しているアタシの気持ちを見透かしてしまいそうで、あわてて目をそらした。

「…やっぱり、そうなん?」

姫条は目を見開く。
そうよね。姫条がアタシの気持ちに気づくはずなんてない。
姫条の目は、あのコのことしか追っていないんだから。

「見てりゃ分かるでしょ。葉月とか、絶対そうじゃん」

はぁ〜っと井戸より深いため息をついて。
姫条はまたうなだれた。

「なんや…無理な気してきた。葉月とか、手強すぎるやん…」

だったらアタシにすればいいじゃん、とのど元まで出かかって、飲み込む。
アタシはぐっと息を吸って、姫条の頭をうちわで、ぱん、とたたいた。

「ホラ!しっかりしなさいよ!好きなんでしょ?くよくよしない!」

自分の思いを吹き飛ばすように、アタシは何度もうちわでぱんぱんとたたく。
頭だけじゃなくて、そのたくましい腕も。

「お前なぁ…逞しすぎ」

乱れた髪の毛を手で触りながら、姫条は視線だけをこちらに向ける。
…そんな目で見ないでよ。
……苦しいのは、アタシの方よ。
なんにも、知らないくせに。

「はぁ、夏休みになったら、会われへんくなるもんなァ」



学校を出て、相談のお礼におごってもらったアイスをかじりながら並んで歩く。

「しょうがないなぁ。1回だけ、アタシが誘ってあげるよ」

ダサイけど、グループデート。と呟くと、姫条は急にアタシの腕をつかんだ。

「ホンマ?!ホンマに?!」

姫条は、悔しいくらいに晴れ晴れとした顔で。
更に悔しいことに、アタシの心臓は、どくん、どくんとリズムを早める。

「その代わり、アイス、今度はダッツだかんね!」

気持ちを振り切るように出した声は思ったよりも大きくて、アタシは少し驚いたんだけど。
間もなく聞こえた喜んだ姫条の雄叫びで、すべてはかき消されてしまった。

「おおきに、藤井!持つべきものは藤井やなァ!!」

バカみたいにはしゃいでるその顔に、心臓のリズムはどんどん早くなるけど。
脈打つたびにひびが走るみたいに、どんどん痛みも増していった。





姫条と分かれたあと、アタシは近くの小さな公園のブランコに座っていた。
木に囲まれたそこでは、飽きずにヒグラシが鳴き続けている。


昔、誰かが言ってた。
ヒグラシは、土から出て一週間で死んじゃうんだって。
その間に、好きな人に巡り会うため、必死で鳴き続けるんだって。


鳴き続ければ、姫条がアタシのことを愛してくれるなら。
一週間で死んでもいい。
それでもいいから。

どうしても、好きになって欲しい。

姫条、好きなの。大好きなの。



気がつくと、アタシの目には水滴が盛り上がってきていて。
それが頬に流れると、アタシは堰を切ったように声を出して鳴いた。

言葉にできない思いを込めながら。



ヒグラシに負けないように、鳴いた。






END






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