【a trick】
もう、出会ってから4年、付き合ってからは1年が過ぎようとしているわけで。
オレにしてみれば、本気になった初めてのオンナ。
高校の同級生、。
めっちゃくちゃ好み!!…ってわけじゃないけど、なんちゅーか、ツボ。
「くりっくりのぱっちりおめめ」じゃないけど、少しつり上がった形のいい猫目、「ぽってりぷにぷにセクシーな唇」じゃないけど、控えめな大きさのカワイイ口。
なんでだかわからへんけど、めちゃくちゃ惹かれる。
性格だって、相性ピッタシ!ってワケじゃないと思う。
遊び人で、軽い脳みそ、小さなインテリアグッズの店に勤めるオレ。
マジメで、成績優秀、オクテでシャイな一流大生の。
自分と違う性質を持ったもんに惹かれるってのはよく聞くけど、ここまで真逆やとカップルとしてはあり得へんのやないかって思う。
でも、明らかにオレにかけとるもんを、は埋めてくれる。
今のオレにとって、なくてはならない存在。
せやから、付き合う前も付き合ってからも、めちゃくちゃ大事にしてきたで?
この姫条まどかが、慎重に慎重に、じっくり口説くなんて、あっちの連れが見たら大笑いやろうけど、
オクテな彼女に合わせてちゃんと実行してきたつもりや。
高校の3年間は、キスはもちろん、手かて繋がんで過ごした。そういうのは気持ちがつながってからやって、決めとったから。
卒業式に好きや言うてが頷いてくれてからも、無理強いは一度もしとらんと思う。
もちろん、オレはいつでもOKやで。手ェ繋ぐんも、キスも、それ以上も。気持ちはとうに達しとる。
でも、の気持ちが達するまで待つって決めとったから、が拒否したり、少しでも怯えた素振りを見せたら、ちゃんとストップしてきた。
そんなこんなで1年、手も繋いで、夢にまで見たキスもして。
せやけど、それ以上のことはしとらん。
抱いとらんのはもちろんやけど、エロい意図での身体に触れたことさえない。
まぁ――未遂を、カウントせんかったら、の話やけど。
付き合って初めてのクリスマス。
いつもより深くキスしてもは怖がらんかったから、思い切って服の中に手を差し込んだ。
そしたら、「イヤ!!」って叫び声と共に、思いっきり突き飛ばされた。
慎重に、様子を見て、ちょっとでも迷いがありそうだったらちゃんとストップするつもりだったから、傷ついたで、オレかて。
………そんなにイヤか?
全部見たい、全部に触れたい、全部を知りたい――全部が、欲しい。
そないに思うのは、やっぱり今だにオレだけ?
オレかて、そろそろ限界や。
本当は、立派な理性を持っとるわけやない。むしろ、欲望の方が大きいねん。
それをなんとか、ちっちゃい理性の枠の中に押し込んできたわけで。
日増しにでかくなる彼女への愛情に比例している欲望は、最近だんだんと理性の枠からはみ出つつある。
”お前は…お前はオレのこと求めてくれへんの?”不安も募るいっぽうや。
せやから、そろそろ自信ないで?
嫌や、言われても突っ走ってまうかもしれへん。
余裕なんてあれへん。彼女が欲しいし、確かめたい。
今日は…今日は愛しの彼女の誕生日やし。
「夢とロマンあふれる姫条ハウスへようこそ!」
仕事は有給を使って休み、朝から必死こいて準備したディナーに合わせるように、は7時ちょっと前に現れた。
ホンマは、誕生日やし一日中一緒におりたかったのに…このお姫さんは集中の講座にきっちり出よった。
好きやで?そんなマジメな所も。
でも、今日くらいって、思わずにはいられへんのも…やっぱりオレだけなんやろな。
「うわぁ…すごい!!姫条くん、これ一人で全部作ったの?!」
ソファに座ったは、テーブルに並べられた料理を見て、歓声を上げる。
かわいい猫目を見開いて、綺麗な手を胸の前で合わせとる。
(…たまらん。)
かわいすぎる、反則や。
に見とれながら、オレは返事をする。
「おぅ、もちろんやで〜。今日はお姫さんの誕生日やもん、この姫条シェフが責任を持って準備させていただきました」
大げさに腰を折ると、が笑いながら拍手をしてくれた。
「ねぇねぇ、早速食べていい?お腹すいちゃって」
「おう、ええで〜。ほんなら、飲みもん出すからちょっと待ってや」
オレは冷蔵庫から、今日のために買っておいたカクテルを出す。
誕生日にかこつけて、オレはかねてから作戦を立てていた。
未成年を理由に滅多に酒を飲まないマジメな彼女の、酔った姿を見ようっちゅー作戦。
ちょお反則か?とも思ったけど、せやって、大学のサークルでは飲むっちゅーんやで?付き合いやし、言うて。
オレの前では飲まんで、大学の奴の前で飲むのはどないやねん。
そんなのイヤやし、できれば男のいる席で飲まんで欲しい、いうのが本音やけど、
「ごめん、でも、場の空気壊したくないし…」と困った顔して手を合わせて、上目遣いに俺ンこと見てお願いする彼女は、そらァもうかわいくて。
”骨抜き”言うんはこういうことやろな。
そうです、相手やとダメダメです、オレ。
「酔うほど飲んだらアカンで」って、許してから、それはすぐに後悔に変わったってわけですが。
けどな、今日はやるで!!飲ましたんで酒を!!形勢逆転や、男の、姫条まどかの色気甘く見たらアカンねん!
意気込んで、冷蔵庫を閉める。おっし、出陣や。
「えー…お酒なの?あんまり好きじゃないんだよなぁ…それにまだ私…」
カクテルを前に置くと、やっぱり彼女は浮かない顔をした。
「もう19やろ。日本の法律変わったん、知らんの?19から成人になんねんで」
まずはギャグや。笑わして、そのノリで…
「変わってません。成人は二十歳からです」
…っちゅーのはアカンか。早速冷静に突っ込まれてもうた。
けど!今日は引かんで、この姫条まどか。まだまだや。
「はははー、さいでっか…。せやけどええやん!今日くらい。サークルでは飲むんやろ?そんなんずるいわ〜」
ちょっと拗ねてみせる。これは母性本能くすぐって、効果抜群…
「飲むけどさー、付き合い程度、ちょっとだもん。お酒ってやっぱり好きじゃないし…」
…ありゃ、効かへんか。ほんなら、これやな!!
「なー、頼むわちゃん〜。どーしても一緒飲みたいねん!めでたい日やねんし、ほんま今日だけ!!今日だけ頼むわ〜。
あとは来年の誕生日まで待つし…。それに、オレと飲んだら酒かてオイしいかもしれんやんー。
このカクテル、飲みやすいんやで?今日のために色々試して探したんやで?」
ひたすらお願い。これしかあらへん。そしてちょっと恩着せがましい言い方してみたりして。
ダメか?まさかこれでもダメか?
「んー…分かった。じゃあ、今日だけだよ?」
おっしゃ、作戦成功。
小さいガッツポーズを机の下に隠して、オレはグラスにカクテルを注いだ。
「あー、食ったなぁ」
「えへへ、ホントだねぇ。姫条くんの料理おいしいんだもん、食べ過ぎちゃったー」
さすがにちょっと作りすぎたかなって思っとった料理が、きれいに片づいた頃、時間はもう9時を回っていた。
「はぁ〜。お腹いっぱいで、幸せぇ〜…」
そして、や。オレの作戦は見事に成功。の頬は、綺麗な桜色に染まって、そらぁもうカワイイのなんのって。
……なんやけど。
まさかここまで弱いとは思わんかった。
グラスに2杯、はものの見事に酔っぱらっとる。呂律が回っとらんし、目がとろんとしとる。
そらな?酒飲ませる作戦は、酔ったかわいい彼女を見るっちゅーだけじゃなくて、ちょっとした下心かてあった。
かたくななの防衛も、ちょっとは弱まるかなぁ、なんて。
だけどなぁ…ここまでべろんべろんやと、もはや反則?
っちゅーか、こんなんじゃ気持ち確かめられん。そうなるときは、ちゃんとを感じたいし、にもオレを感じて欲しい。
あー、これは、作戦は成功やけど…失敗やね。
「姫条くん、今日はありがとうねー」
うわごとのように、がつぶやいて、目を閉じる。
…お?寝るんかい?!
「あたりまえやん、誕生日やねんし。まぁ、が望むんやったらいつでも作ったるけどなー…っておーい?起きとるかぁ?」
「えへへへへ…」
一応、起きとることは起きとるみたいやけど、ソファにぐったり身を預けたまま目を閉じて、寝息に近い呼吸をもらしとる。
「”えへへへへ”って自分、しっかりしィや、帰れんくなるで?」
「なーによぉ、姫条くんが飲ませたんでしょー?」
「そらそうやけど…」
うっすら目を開けて、がオレをにらむ。
はぁ…かわええなぁ…。
ピンクのほっぺた、眠いのか潤んだ瞳。おまけに、この無防備な姿。
ほんま、たまらんっちゅーねん…。
オレの頭には次々に煩悩が浮かぶ。
あかん、突っ走るな、オレ。はみ出すな、欲望。酔った彼女に手ェ出すなんて、ありえへんで?しっかりせな。
「そやそや、誕生日プレゼント、ちゃんと準備しとるんやけど?」
気分を変えるように、立ち上がる。すると、はがばっと起きあがった。
「ホント?!うわぁ、なんだろう!!」
「ふへへ…驚くでェ?」
オレはしまっておいた包みを取り出すと、後ろ手に隠し、ソファに座るの前にしゃがんだ。
「じゃじゃーん、ハッピーバースデー!!」
少し大げさに、包みを差し出す。
「わぁ!!ありがとー!!」
は受け取ると、ふわっとオレの大好きな笑顔を見せた。
「開けていい?開けるよ?開けちゃうよ?」
「どうぞ、姫。お気に召すか分かりませんけど」
は包みに手をかける。几帳面に開けるしぐさがもどかしくて、照れくさい。
包みを全部開け終わると、小さな箱が残った。そう、オレのあげたプレゼントは…
「あー!!ピアスだ!かわいー。…あ、これって…」
「そや、がずっと欲しいって言ってた、あの店のやつや」
高校ん時、毎年誕生日は悩みの種やったけど今年は迷わんかった。
前に一緒にデートしたとき、小さなジュエリーショップのショウウィンドウに飾られていた、ピンクダイヤのピアス。
珍しく立ち止まって、声も上げずにそれ見つめていたあいつの横顔を見たときから、決まっとったんや。
「けど、これって高い…」
申し訳なさそうに、が視線をオレに向ける。
「何言うとんねん、俺かて一応社会人やで?1年に1回の誕生日にこのくらい、どうってことないわ」
ちょっとは見栄。
アルバイトから正社員になったのは3ヶ月前、その期間で安月給の14万円をどうにかやりくりして買った。
「そうかもしれないけど…でもなんか悪いよ…」
はピアスを見つめて、うつむく。
伏せたまつげがとてつもなく綺麗で、思わずオレはの頭に手をやる。
「そんなこと言うなや、お前欲しそうやったし、これめちゃくちゃ似合いそうやからオレかて付けとるとこ見たいし。
せっかくやもん、もっと嬉しそうにしたって」
顔をのぞき込むと、の潤んだ瞳があった。
あぁ…キスしたい。
顔を近づけようか迷っとると、が口を開いた。
「…ほんっっっとにありがとう!」
そしてほんの一瞬、まばたきしとったら見逃してまうやろなってくらいの本当に短い一瞬、の唇が俺のそれと重なった。
「!!!!!!!!!!!っ……」
驚いたのと嬉しいのと照れくさいので、思わずオレは口を手で覆ってしまう。顔の温度が一気に上がるのを感じる。
「…姫条くん、真っ赤だよ」
「そら!……そやろ。だって初めてやで?お前からそんなん」
顔を上げての顔を見ると、の顔も真っ赤やった。
「あの…ね?」
「うん?」
「あの…私、酔っぱらってるけど…酔っぱらってないからね」
「??なんや?急に」
「えっと、つまり…酔っぱらってないと、勇気、出せなかったかもしれないけど…。
…今、キ…スしたこととか、今から言うこと、全部本気だからね?」
「…おお…?」
「……」
「な、なんやん?」
「…姫条くん。好き、だよ」
…。
……!!
オレは思わず、思いっきりを抱きしめる。
「…い、痛いよ姫条くん」
「…ホンマか?これ…。夢?俺が酔っとるん?」
オレの言葉に、が一生懸命抱きかえしてくれる。
「ホントだよ。ね?痛いでしょ?」
は俺にまわしとる腕に、ぎゅっと力を込める。
「あぁ、夢やないな…。ホンマや、あったかい…」
うれしさで、目の奥から熱いモンがこみ上げてくる。
情けないな、オレ。の一言でこんなになってまうなんて。やっぱりかなわんで、このお姫さんには。
腕の力を緩めての顔を見ると、ありえへんくらい真っ赤で。そして、照れくさそうに俺から目をそらして、うつむいて微笑んだ。
そんながかわいくて、愛おしゅうて、オレも笑った。
そして、今度はオレからキスをした。
カクテルの甘い香りと、の甘い香り。オレも酔ってしまいそうや。
けど、今はこれで十分。
もう、作戦やら欲望やら、どっかいってもうたわ。
がオレに、自信と余裕と幸せをくれたから。
ちゃんと家まで送るけど、せめて誕生日が終わるまでの、2時間26分―――
一緒に、いてくれるか?
HAPPY BIRTHDAY!
END
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