付き合う前から感じとったことやけど、付き合ってからごっつぅ実感した事。
それは、オレの彼女は、めっちゃ意地っ張りで、その上、シャイだったりするってこと。
一緒にいる時間が増えて、些細な事からそれを感じんねん。
例えば大学の奴らと喫茶店に行ったとき、ウーロン茶を頼むこと。
周りがカロリー気にしてウーロン茶やから、飲めへんクセして無理にウーロン茶を頼んでんのやろ?
例えば荷物が重いとき、ことさら平気な顔をすること。
本当は体力ないくせに、自分が辛いときこそ無表情に徹する。
ケナゲっちゅーか、一生懸命っちゅーか、まぁ、そんなとこに惚れたんやろって聞かれたら、迷わず頷くけど。
でも、少なくともオレだけは知っとるつもりやで?
本当は、ミルクティーやらココアやら30%のオレンジジュースとか、甘い飲みもんやジュースが好きなこと。
貧血体質で、無理すると足下ふらつくこと。
せやから…その、なんや。
ホンマに辛いときはオレに頼ってくれたらいいし、オレとおるときくらい楽して素を出したらええ。
けどな、なんや今んとこ、オレの前でもは意地を張るし、気を遣う。
「楽にしぃや」って言っても、更に意地張ってまうだけなんやろな。
どうやってこの気持ちを伝えたらええんやろ?
コイビト同士になれて幸せなオレの、幸せな悩みだったりする。
【カワイイ君の好きなもの】
今日は日曜日。付き合うてから3度目のとのデート。
今日は臨海公園あたりをぶらつく予定になっとる。
夕飯がメインやから、待ち合わせは遅めの2時。
オレん家から待ち合わせ場所までは歩いて20分くらいやから、普通やったら1時半過ぎに出ればオッケーなんやけど。
それじゃアカンのや。今日は負けへん。
誰に?そりゃ、に。
そう、あり得へん早さで、は待ち合わせ場所に到着する。待たせんのが嫌いらしい。(意地っ張りの本領発揮やで。)
やっぱ、女待たせんのは姫条まどかとしてあり得へんのやけど、今んとこ二連敗中や。
今日は待たせへんで、絶対オレが先着いたる!
ってわけで、オレは1時すぎに家を出た。
待ち合わせ場所が見えてきた。時計を見ると、一時半だった。
――絶対今日は勝ったやろな。さすがのかてこない早く来とるわけない。
……と思ったんやけど。あかん、おった。見慣れた姿。
しかも、なんやオトコに絡まれとる。
オレは慌てての元に走った。
「!悪い、遅れてもうた」
いやいや、遅れてへんのやけどな。
ここはこのナンパくんに待ち合わせや分かってもらわんと。
「あ、姫条くん。大丈夫、遅れてないよー。…で、あの、すみません、そういうわけなんで…」
はオレに笑いかけた後、ご丁寧にナンパくんにぺこぺこと頭を下げた。
すると「えー?じゃあまた今度ねぇ」とか言いながら、オトコはオレらに背を向けた。
あかん……なめられとるで、姫条まどか。ここは一発がつんと言ったらんと。
「オイ、ジブン。”今度ねぇ”やないっ!今度オレの女に声かけたらシバいたんで」
「はいは〜い」
ドスをきかせたつもりやったけど…男はぶんぶんと手を横に振りながら去っていった。
――最悪、かっこ悪い。彼女本人が撃退したナンパ男に、負け犬の遠吠えのごとく釘指すなんて。
まぁ、無事だったんやからええけど…。
ってか、なんでこないな早い時間に来とんねん。一時半やで?一時半。
ありえへんやろ?!
オレはの前にがくっとしゃがんだ。
「〜〜。っジブン、来んの早いわー。堪忍して…」
「そんなことないよー。今来たばっかだし」
「それが早いっちゅーねん。……付き合って最初のデートの待ち合わせは10時、オレ着いたんは9時50分!
2回目のデートの待ち合わせは1時、オレ 着いたんは12時40分!
ほんで今日!!待ち合わせは2時、んでオレ着いたんが今、1時半や!」
オレはしゃがんだまま、顔だけ上げてまくし立てるように一気にしゃべった。
「よく覚えてんね」
「せやろ?……やなくて!オレかてかなり早く出てきとんのに、ジブンなんでいつもオレより着くの早いねん!」
「だって…いつも姫条くん早く来るから、私も早めに出ようと思って」
このお姫さんは分かっとらんのやな・・・ムキになるオレを不思議そうな顔で見とる。
「待たせたないから早く来とんの!せやのにジブン早く来てどうすんねん…しっかりナンパされとるし…」
オレがぶつぶつ言っとると、はちょっとムッとした顔を見せた。
「別にされたくてナンパされてる訳じゃないですっ!ちゃんと断ってるじゃん!人を遊び人みたいに…」
…いや。いやいやいや。ちゃうがな?!
オレはそういう意味で言ったんちゃうで?
その、やな、ジブンがイヤな目にあったり危険な目にあったりするのがいややから言っとんねん。
別に、がナンパされたがりなんて一言も言っとらんし、モチロン思ってへんで。
「せやなくてやなぁ…」
説明しようとしたオレの声を、が遮った。
「っていうかどうでもいいじゃん!私が何時に出ようが、好きにさせてよ!!待ち合わせには余裕を持ちたいの!」
はぁ〜…コレや、コレ。意地っ張り・強情の実態や。オレの悩みの核や。
せっかくのデートやし、いちいち小競り合いしたないけど、でも、今日はオレかてひかへんで。
一度ちゃんと言っとかんと、いつまでもこのまんまや。
立ち上がってオレはと向き合った。
「どうでもいい、言うのはちゃうわ。オレかて言い分あるし。ちょっと、ゆっくり話しよ。ここじゃ何やし、観覧車行くで」
有無を言わさないために、手を握って引っ張った。
オレは知っとるんや、手握るだけで、は真っ赤になって黙ってしまうってこと。
ごっつぅかわいいんやけどな……今そんな顔見たらオレかて赤くなってまう。黙って乗り場へ向かった。
「2名様こちらへどうぞ〜」
がしゃん、と音をたてて扉が閉められ、オレとは向き合って座った。
そういや、二人で観覧車乗るの初めてやな。
オレはあんま好きな乗りもんちゃうし、も乗りたい言ってるんは聞いた事ないな。
そないな事考えながらに目をやると、さっき手つないだの引きずっとるんか、眺めを楽しむでもなくうつむいたままだった。
「なぁ、乗り方おかしない?」
「…え?」
「オレらコイビト同士やんなぁ?普通、せっかくの密室やし、こう、仲良くやな…」
「…バランス的に、向かい合った方がいいよ」
「さいですか…」
もしかしてさっきの小競り合いに対して、思った以上に怒っとるんか?
冷たい口調に、オレは頭をひねった。
は下を向いたままぴくりとも動かず、抑揚のない声で淡々と答える。
どのみち、とりあえず解決せなあかんな。オレは話しを始めた。
「あんな、待ち合わせの事やけど。オレな、どうしてもジブンより早く来たいねん。オレが先に来て、を待ってたいねん」
「……」
「それはな、別にジブンがナンパを望んでるんじゃないかっちゅー心配をしとるからやないで?
ジブンがオレを待ってる間に、ナンパやらキャッチやら、そういう危険な、イヤな目に合わせたないからや」
「……」
「やっぱり、自分の彼女が一人で立っとったら心配やん?だからやな、オレは先に来たいねん。分かるか?」
「……」
返事どころか、相づちもない。ずっと、うつむいたまま。
そないに怒る事か?なんでや?
オレは立ち上がった。
「なぁ、なんでそんな怒んねん?オレエスパーちゃうし、なんぞ言ってくれんと、分からんで?」
せめて表情を確認しようと、オレはの足下にしゃがむ。
顔をのぞき込もうとした、その瞬間。――が口を開いた。
「…ねがい…」
「は?なんや?」
「お願い!そっちに戻って!!」
え?
な、なになに?なんやって?近づいちゃアカンほど怒ってるん?
オレは腑に落ちない感情を持ちながらも、の座る席の向かいの席に戻る。
「ごめんね」
少なからず傷ついた表情をしたオレに、は目線だけ向けて謝った。
「いや…ええけど。なんでなん?めちゃくちゃ怒っとるん?それとも警戒しとるん?」
カンカンに怒るような事も言っとらんつもりやし、さっき手は握ったけど警戒される場面とも違うやん?
わけわからんで?
「…そういうんじゃないよ。とにかく…ごめん」
の曖昧な返事に、「ごめんじゃ分からんで」って喉まででかかったけど、飲み込んだ。
分かっとるで。こういうとき、問いただせば問いただすほど、は追いつめられて口を閉ざすって事。
シャイで、意地っ張りやからな。
オレが、じっくり見て気づいたらんと突破口は開けんのや。
よっしゃ、のためならエスパーにでもなんでもなったるわ!!不可能かて可能にしてみせるで!!
オレはの様子に集中した。
「「……」」
静かな車内に、わずかに開いた窓から風が入る音が響いた。気づけば観覧車はもうてっぺん付近。
普通のカップルなんかはいちゃこく時間やな。(オレらはそれどころじゃないけど。)
は相変わらず下を向いたまま、膝の上で拳を握っている。
…そんな場合やないけど、細い指、かわええなぁ…髪の毛も柔らかそうやし、ええ匂いするんやろなぁ…。
オレの頭にそんな煩悩が浮かんだ瞬間、強い風で観覧車が揺れる。
――ぎしぎしっ
「…っ!」
急にが椅子から滑り落ちるようにしゃがみ込んだ。膝の上にあった拳は頭の上にきとる。
オレはバランスを崩して倒れたんかと思って、反射的に立ち上がった。
でも、ちゃうわな、この様子。
…なんや、そっか。そういうことか…。
オレはできるだけ静かにの前にしゃがみ込んだ。
「……知らんかったで、それは」
頭をなでた。は震えとった。
「まさか、高所恐怖症とは…意外な新事実発覚や」
「…うるさい…っ」
かたかた震えながら、は憎まれ口をたたく。
…ほんま、意地っ張りやな。
「ははは、ごめんごめん。無理矢理引っ張ってきてもうたな。堪忍な」
頭をなでる手とは逆の手での背中をさする。
「気づかれんくて悪いけど、でも言ってくれたってええやん?話するだけやもん。場所、他にも選べたで?」
「…だって、無言で引っ張ってくからっ」
「はは、んまぁせやな。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない…よ…」
オレは両手の動きを止めて、から離れた。顔を見ると、目には涙がたまっとった。
「安心し、落ちひんから」
「…落ちるかもしれないじゃん」
「落ちひん。オレが言うんやから大丈夫や」
が震えながら涙目でオレを見上げる。
あかん…反則やで、その顔は。そないな状況ちゃうけど、なんやいちゃこきたくなるやんか…。
…………………。
「やっ…!」
ゴンドラがまた風で揺れ、が小さく悲鳴を上げた。
オレは、煩悩から無意識に出しかかっていた手に気づいて慌てて引っ込める。
あかん、今危なかったでオレ。
「ほれ、オレにつかまっとき」
に手を差し出す。
「大丈夫やで」
さしだした手と反対の手で頭をなでると、は今までで一番真っ赤な顔をしてオレの手を握った。
そや、こうして。
こうしていつも、オレに寄っかかって欲しいねん。
少しは伝わったやろか?オレの気持ち。
「姫条くん…ごめん」
観覧車を降りてレンガ道を歩いていると、がそう言った。
「ん?なにがや」
「その、待ち合わせのこと、誤解してたから」
「ええねんええねん、分かってもらえたら。んじゃあ、今度からは待ち合わせ5分後目指して来てな」
「でも…大丈夫だよ、キャッチはちゃんと断れるようになったし、ナンパは滅多にないから…」
「ウソやん。結構声かけられとんのしってんねんで?っていうか、万に一回でもめちゃくちゃ心配やっちゅーねん」
「でもホント、だいじょう…」
「だぁー!意地張るなや!!甘えとき!!」
の一歩も譲らん態度に、オレは強行突破を決意する。
「あんな、がそう譲らんのやったら、オレかて負けへんで?
1時間前でも2時間前でも、めちゃくちゃ早く来て待ったるわ。
せやけど、それじゃ待ち合わせの意味ないやろ。だからやな…だから…そや、オレ、お前んち迎え行くわ。
そうすりゃよかったんや!な?はい、決定ィ!」
なんで気づかへんかったんや。あほやん、オレ。そうすりゃよかったんや、最初から!
一人でまくしたてて一人で解決したオレを見て、は眉を寄せている。
「え?ちょ、ちょっと姫条く…」
が慌てて反論しようと口を開く。
オレは耳を塞いだ。
「あわわわわわわ、聞こえへ〜ん」
「ちょ、姫条くん!!」
「もう決めたんやも〜ん。今更待ったはなしやでー」
「ずるいよー…」
はほっぺたをぷっとふくらませた。
その顔に、オレの心はいつも暖められてるって知らんやろな。
「あんな…いつも思うんやけど、もっとわがまま言ってええんやで?甘えてええんやで?」
オレはそういって、の手を握る。
「意地張っても、隠しても、オレは分かっとるつもりやで?お前の好きなものとかイヤなもの、辛い時や楽しい時」
「…」
「もちろん、知らん事もまだまだあると思う。あ、高所恐怖症ってのも今日知ったしな」
からかうように言うと、はうつむく。
「…いじわる」
「ははは。でもな、全部知りたいねん。お前の事は全部、知りたいねん」
「…」
「せやから…お前が意地っ張りなんはよ〜く分かっとるけど、んまぁ、そういうとこもかわええけど、もっちょっと甘えて?
しんどいときはよりかかって。にはいつも、笑っといてほしいねん」
立ち止まって、を見る。も赤い顔を上げて、オレを見た。
「…ありがとう」
ふわっと笑った顔が、めちゃくちゃまぶしかった。
なぁ、知っとんねんで?カワイイ君の好きなもの。
ミルクたっぷりの紅茶、果汁の少ない甘いジュース。
だから、お前もオレの好きなもの、知っといてな。
ミルクティーよりもまろやかで、果汁の少ないジュースよりも甘い、
…の笑顔。
END
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