新しい言葉があればいいと思う。
まるで、誰の足跡もない真っ白な新雪のような。
新しいノートの、一行目のような。
オレも、アイツも。
そして、世界中の誰も。
まだ知らない、新しい言葉があればいいと思う。
【うまれたてのことば】
高校を卒業して、もう7年。
2年間フリーターをやって、1年間会社員をやって。
そしてその後、夢だった仕事に就けて、もう3年になる。
嬉しいこともいっぱいあった。
でもその量と同じ、もしかしたらそれ以上、しんどいこともあった。
やってみて、失敗して。
失敗して、次こそはってはを食いしばって…たまには成功して。
それを繰り返して、ちょっとずつ成長してきたと思う。
多分、これからもそれは変わらない。
生きている限り、ずっと繰り返すこと。
最近それに気がついて、オレはなんとなく、こんなことを思った。
”ああ、来るべき時が来たのかもしれない。”
高校の頃、アイツと一緒におるのに約束をする必要はなかった。
学校に行けば、アイツがいて。
呼びかければ振り返る。
約束なんて、そないなもんなくても、いつでも会える。
同じ高校の、同級生。
それがもう、十分な理由になっとったんや。
約束が必要になったのは、高校を卒業する時。
同じ時間を、同じ場所を。
共有することのなくなるその日に、オレは約束を口にした。
好きだ、という約束。
それをアイツが認めてくれた時は、涙が出るほど嬉しかった。
これでこれからも、一緒にいられる。
この約束がなくならないように、一生懸命守っていこうと思った。
アイツがそばにいてくれれば、そんなことはたやすいことだと思った。
でも、その約束は何度も揺らいだ。
アイツは大学、オレは仕事。
十分な約束があっても、今度は時間がそれを許さない。
会えない時間に比例するように、不安がつのる。
この約束は、もう有効じゃないんじゃないか。
いつのまにか、なくなってしまったんじゃないか。
疑っては、責めて。
責められては、疑って。
多分何度も、傷つけた。
それでも今、あのときの約束が確かにここにあるのは、
一緒にいたい、
根底のそれが、揺らいでいないから。
いつか来ると思っていた。
でも、それがいつなのかは分からなかった。
”一生、一緒にいる約束をするとき。”
オレとアイツの間にある約束は、いくら揺らいだとしても十分に思えて。
今しなきゃならんような。
まだ早いような。
それとも、もっと早くてもよかったような。
ずっとそんな風に頭の隅で考えるばかりで、何も見えてこなかった。
でも、きっと今や。
来るべき時が、来た。
生きている限りずっと繰り返す、変わらないことがあるなら。
そこには必ず、アイツにいて欲しい。
アイツと一緒に、繰り返していきたい。
あいしてる、も、
好きだ、も、
そばにいて欲しい、も、
全て。
一生一緒にいる約束にしては、十分のような、不十分のような。
使い古してしまったそれで、アイツは一生隣にいてくれるだろうか。
薄っぺらだったオレのそんな言葉で、アイツは安心できるだろうか?
新しい言葉があればいいと思う。
まるで、誰の足跡もない真っ白な新雪のような。
新しいノートの、一行目のような。
オレも、アイツも。
そして、世界中の誰も。
まだ知らない、新しい言葉があれば。
まるで、オレたちだけが持つことを許された鍵のように。
しっかりとオレたちをつなぐ、そんな言葉があればいいのに。
探して、考えて、生み出そうとして。
口を開いては、閉じ。
閉じては、開き。
何度も、何度も、繰り返す。
来るべき時は来ているのに。
まだ、十分な約束を言葉にできない。
伝えられる、言葉がない。
すると、アイツは言った。
”新しい約束なんて、いらないじゃない。
最初から、一緒にいたい、ただそれだけだったじゃない。
今更、何を望むの?”
新しい言葉があればいいと思った。
まるで、誰の足跡もない真っ白な新雪のような。
新しいノートの、一行目のような。
オレも、アイツも。
そして、世界中の誰も。
まだ知らない、新しい言葉があれば…アイツをつなぎとめられると思った。
でも、そんなもの、探したってきっとどこにもないんや。
一生を、揺るがずつなぎとめられるほどの約束なんて、どこにも。
だからオレは、ありきたりの言葉を、迷わずに呟いた。
「一生、オレの側におってほしい」
もちろん何度も揺らぐだろう。
何度も傷つけてしまうだろう。
失敗を繰り返すだろう。
でも、それでも。
一緒にいたい、ただそれだけのこと。
生きている限り、繰り返すことのように、きっと、変わらないこと。
あたらしい言葉なんてどこにもないけれど。
うん、
と小さくうなずいたアイツの声は、オレにとっては紛れもない、うまれたてのことば。
大切に、受け止めて。
少しずつ、育てていこうと思う。
今日、オレたちの間に刻まれた、うまれたての、約束のことばを。
END
>GS短編
>Back to HOME
※…プロポーズです。
饒舌に見えて、実はとっても口下手。姫条くんはそんな人だと思って書きました。