例えば、このどこまでも開かれているような青を。
深い緑から差し込む、突き刺すような白を。
彼は、どんな気持ちで見ていたのだろう。
どんな顔で、見ていたのだろう。
【夏の色、秋の色】
午後になりますます強くなった日差しに、かぶっていたキャップを少し、目深にかぶりなおした。
今日は、天気がとてもいい。
いつもなら、晴れの日は何をしよう、どこに遊びに行こうって、そんなことを考えてわくわくするのに、
一人で歩く大学の構内はなんだかとても気だるく感じられて、青空すら、少し憎たらしい。
なぜだろうと足元を見ながら考えてみたけれど、それはとても簡単なこと。
答えはすぐに分かってしまった。
去年まで、隣にいた彼が、真咲先輩が。
今、ここにいない、きっとただ、それだけのことなんだ。
単純すぎる、その理由に。
なんだか情けなくて、自分に呆れて頬がだらしなく緩んだ。
ずっと好きだった先輩と付き合うことになって、同じ大学ですごした1年間、
同じ場所で同じものを見て、くだらないことをして笑ったり、たまにはちょっと、ケンカしたり。
なにより、“大学生”の真咲先輩の顔を見ることができて、楽しかった。
バイトの顔じゃない、ちょっと気の抜けた、でもやっぱりすごく大きな、広くて優しい感じの。
先輩が見せてくれる、色んな表情が大好きだった。
そして、何度も何度も。
やっぱりとても、私は真咲先輩が好きだと、そう思った。
私は年下なんだから、追いつけないのはあたりまえ。
でも、こうして1人で大学の中を歩いていると、つい、感じてしまう。
取り残されたような、疎外感。
いつまでたっても追いつけない、そんな、焦燥感。
今年の夏は、去年よりもずっと、暑さがしつこいように感じる。
肌にまとわりつく湿気も。
ぴりぴりと、肌を刺すような太陽の光も。
去年は、気にもならなかったのに。
それはきっと、真咲先輩が隣にいて、暑さよりもずっと気になる、たくさんの表情を見せてくれたからなんだ。
きっと先輩は今、仕事中だろうなって、そんなことは分かっていたけれど。
私はつい、メール画面を開いてしまった。
添付ファイルには、今私が歩く並木道から見上げる、小さな青空の写真を一枚。
先輩と、何度も何度も歩いた道。
この道に人がいないときだけ、こっそりと手を繋いでくれる、その瞬間が大好きだった。
――もうそろそろ秋なのに、まだ今日も暑いね。
そっけない一文を送信して、今度は携帯の画面越しじゃない、自分の目で、空を見た。
考えてみる。
私と付き合う前、先輩もこうして一人で、この場所で空を見上げたりしたんだろうか。
例えば、このどこまでも開かれているような青を。
深い緑から差し込む、突き刺すような白を。
彼は、どんな気持ちで見ていたのだろう。
どんな顔で、見ていたのだろう。
追いつけない私には、どうしたってそれを知ることはできないけれど。
でも、今なら想像できる。
きっと、やっぱり真咲先輩らしい、大らかな、全部を包むような顔で、今日は暑いなあって見上げていたんだろう。
そのとき、少しでも。
私の顔が浮かんでいたなら嬉しいけれど、でもそれはちょっと欲張りかもしれないと思ったから、
私はまた少し自分に笑って、携帯を鞄にしまった。
その後少しして、返ってきたメールには、
“残念ながら、社内は涼しいぞー”なんて、憎たらしい笑顔の顔文字が添えられた一文と、1件の添付ファイル。
窓枠越しの、青い空。
なんだか少し、私が見る空よりその青は高く見えて。
『秋は空が高くなるって言うからな』
思い浮かぶ、先輩の言葉。
やっぱり、隣で一緒に空を見上げたくて。
私は使うはずだった電車の定期を鞄にしまう。
今日は片道の切符を買って、大好きな君に、会いに行こう。
会いたい、と、そんなわがままを。
2人分の夕食の材料と一緒に、スーパーの袋に詰めこんで。
END
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*拍手ネタにしようかと思ったのですが、今回は真咲の番じゃないのでこっちに載せました。
大学が一緒で、少なくともどっちかが一人暮らしのカップルって、半同棲みたいになりませんか?
私の友達がそうだったのを思い出しながら書きました。しかし大学、私も懐かしいなあ……。