例えば、私の嫌な部分を知ったら。
例えば、私のダメなところに気がついたら。
先輩は呆れるのかな?
先輩は、私を嫌いになるのかな?
【くもり、のち、晴れ】
休日のデート。
天気は快晴で、夏よりも少し色を薄くした空には、うろこ雲が広がっている。
今日は、ショッピングモールで楽しくお買い物のはずだった。
けれど、どうしてだろう、今日はなんとなく空気が重い。
さっきから、私のいきつけの雑貨屋さんや、真咲先輩こだわりの本屋さんに寄ったり、それなりに楽しんではいるのだけれど。
「昼メシ、何食う?」
「……うーん、何がいいかなあ」
「バイト代入ったし、立ち食いそば! とか、そんなんじゃなくていいぞ、今回は」
「あはは、じゃあ、うーん……どうしようかな」
「なんか、の食べたいもん。食いに行こう」
「……うん」
どうしてだろう、会話が弾まない。
いつもならあれが食べたいこれが食べたいって、たくさん浮かんで迷って、二人でぎゃーぎゃー言いながらお昼ご飯を決めるのに。
なんだか、ダメだ。ダメなのだ。
ちらほらと食べたいものや行きたい先は浮かぶのに、いざ口に出そうと思うと、ふと思いとどまってしまう。
(それで、いいのかな?)
さっきから付きまとうそんな自問に、らしくない、と、こっそりため息をつく。
何かが冴えない。ぱっとしない。
きっと原因は私にあるのだと分かってはいるけれど、どうしてだろう、なんだかものすごく気が重い。
いつもみたいに、思ったことをぽんぽん口に出せれば良いのに、それができない。
ふと考える。
さっきから真咲先輩は何も言わないけれど、イライラさせてしまってないだろうか?
私の妙な変化に気がついて、何かがおかしいと勘ぐったりしていないだろうか?
なんだか怖くなって、私は急いで口を開く。
「ファ、ファミレスに、しよっか」
その、無難すぎる選択に、真咲先輩は一瞬目を丸くして、「この前行きたいって言ってたパスタ屋、いいのか?」と聞いてくれたけれど、
私は首を横に振った。「いいの、それはまた、今度にしようかなって」と、そう笑って首を振った。
「そっか。んじゃ、行こ」
いつものように、にかっと笑って、少し方向を変えて歩き出す真咲先輩に内心ほっとしながら。
でも、どうしてもぬぐえない違和感に、こっそり肩を落とした。
ちょうどお昼時だったせいだろう。
少し歩いて到着したファミレスの席は満席で、扉を開けた私たちに気がついた店員さんは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「申し訳ございません、只今満席でございます。少々お待ちいただくようになりますが、どうなさいますか?」
私は真咲先輩を見て、店員さんを見て、また真咲先輩を見た。
先輩は、うーんと唸って、眉を寄せている。
その表情は、困っているような、悩んでいるような、イライラしている、ような。
私の中にまた、焦りの感情が次々と生まれてくる。
先輩、おなかすいてるのかな?
ファミレスなんて言っちゃって、タイミング悪かったかな?
待つって言ったほうがいいのかな?
それとも、他に行こうって言ったほうがいいのかな……?
どうしようかと視線を泳がせていると、先輩は私に言った。
「どうする?」と。
どうしたらいいんだろう、真咲先輩はどうしたいのだろう?
曖昧に笑いながら、考える。
迷っていると、店員さんがやっぱり申し訳なさそうに口を開く。
「数分でご案内できると思いますが」
数分。
その言葉に、真咲先輩を見上げる。
視線でどうする?と問いかけると、先輩は「じゃ、待つか」と笑った。
私はそれにほっとしながら頷いて、二人で店の隅の椅子に「待ちます」と座った。
がやがやと賑わう店内にぼんやりと視線をやりながら、私は考える。
どうして、どうして今日はこんなに冴えないんだろう。
はっきりできない自分に、我ながらすごく腹が立つ。
付き合ってもう半年以上が過ぎた。もう、遠慮し合うような時期は、とうの昔に終わったのに。
それなのに、どうして。
『、結構キツいよね』
ふと、思い浮かんだのは、数日前に言われた友達からの言葉。
大学の講義の空き時間、仲良しグループ数人と学食でお茶を飲んでいるときに言われた一言だった。
『え、そうかな?』
『うん、なんかね、たまにめっちゃ突っ込み鋭いよー』
ケンカや嫌味じゃなかったと思う。
冗談を言い合うそんな空気の中で、一人の子が私の言葉に反応して、私の性格がちょっとの間、話題になって。
『え、うそ、ごめん……』
『でも、サバサバしてて、私好きだよ』
『そうそう、嫌とかじゃないよ。ただ、たまにスパッとくるよねー』
誰も、私を責めていたわけじゃない。
そう言ってくれたし、私もそう、思ったけれど。
“キツいよね”
一言が、引っかかった。
人と話すとき、自分なりに気を使っているつもりだった。
会話のテンポに流されてしまうときもあるけど、それでも、言葉は選んでいるつもりだった。
でも、もしかしたら私は何かしてしまっていたのだろうか。
キツい、と、相手に感じさせるような何かを。
言葉の選び方を、間違ってしまったりしていたのだろうか。
その話は、そのほんの一瞬、すぐに笑い話のひとつとして過ぎていってしまったけど。
そういえば、あの日からだ。
言葉を飲み込む瞬間が増えて、その代わり、自分の考えを頭の中でめぐらせてしまうようになったのは。
今日の冴えない気分もまた、この一言がまだつっかえているせいなのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えていると、突然、眼前に真咲先輩の顔が迫ってきた。
反射的に後ろに遠のきながら、瞬きを一回。
すると、真咲先輩はふわっと笑って、言った。
「なんかぼーっとしてっけど。体調悪いか?」
私は慌ててぶんぶんと首を振る。
「大丈夫だよー」と笑うと、真咲先輩は少し、心配そうに眉を寄せた。
「なんか今日、珍しく大人しいよな」
「そう?」
「何かあったか?」
別に、と、答えようとして言葉を飲み込む。
何もなかったわけじゃない。でも、何かあったというほどのことではない。
別に、で、いいんだろうか?
それでいいのかなとまた考えながら、私は曖昧に笑う。
「なんだよ、笑ってごまかすなよ。ホレ、言ってみ?」
「うーん……」
何を言おうか。
考えて、悩んで、私は慎重に言葉を選んだ。
「先輩、怒ってる?」
私の言葉に、先輩は「は?」と、目を丸くした。
「あの、私なんか変? 大丈夫? イライラしない?」
「いや、いつもより大人しいなーとは思ってたけど、別にオレは怒ってねえし、イライラもしてねえよ?」
どうしたんだよー、と。
うつむく私の髪の毛を真咲先輩がぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
やめてよー、と、言葉で抵抗しながら、私はふうっとため息をつく。
「……呆れない?」
「え、だから、何がだよ」
「うーん」
迷いながら。
私は数日前に学食であった一件を、真咲先輩に話した。
大したことじゃないんだけどね、と、そう前置きをしたけど、
でも、口に出してみると私にとっては案外大したことだったことに気がついて。
話が終わるころには、目頭が熱くなっていた。
今すぐにでも泣きたいような、そんな気分になってしまった。
「あ、すみません」
そんな私に気がついたのだろう。
真咲先輩は席を立って、近くの店員さんになにやら話をしていた。
そして、私を振り返る。
「、場所変えよう」
そして、きっと目が赤くなっているだろう私の腕を引っ張って、ファミレスの扉を開けた。
黙って、珍しく手を繋いだまま私たちが向かった先は、公園だった。
空いているベンチに並んで座ると、真咲先輩は自分の服の袖で私の頬をゴシゴシと擦った。
「泣きたいときは、泣いていいんだぞ?」
「ん、ごめん、でも、もう、大丈夫」
情けなく零れてしまった涙を、今度は自分の手のひらでぬぐう。
なんだろう、本当にらしくない。
いつもなら気にしない友達の一言を気にして、変に言葉を意識してしまって、挙句、泣いて。
「ほんと、ごめんね、お昼とか……先輩、おなかすいてない?」
「んなもん、後でいいよ」
「ごめんね」
何度もごめんごめんと謝る私の頭を、先輩は小突いた。
「別に、謝ることねえだろ。朝からなんかおかしいなーと思ってたけど、やっぱ何かあったんじゃねえか」
「ごめ……」
「ああ、ごめんはいいって」
先輩は笑う。
そして、「なーんか、変に言葉飲み込むなあと思ってたんだよ」と言った。
「あのな、」
「うん」
「誰にだって、あるよ。言葉間違ったり、逆に、言葉の捉え方間違ったり」
「そうかな」
「気持ちは見えないからな。思ったことを、そのまんま言葉で伝えるのは難しいことだと思うぞ。
今回のは……なんだ。の友達もも、深読みしすぎただけだろ」
その言葉に、私はなんだかほっとして。
ほっとしたら、泣けて泣けてたまらなかった。
先輩の言葉は、まるで魔法のように私の心の緊張を解いて。
先輩はとても上手に言葉を使うなあなんて、泣きながら感心したりした。
「だから、飲み込まないで、諦めないでなんでも言えよ」
「……うん」
「少なくともオレは、お前の言った一言でを嫌いになったり、失望したりしねえから」
人前で、手を繋ぐなんてバカップルのすることだ、と、先輩はいつだったか言っていたのに。
ベンチの上、まるで体で隠すように、先輩は私の手をぎゅっと握る。
その暖かな体温が「大丈夫だ」と言っているみたいで、私はほっとして、その手を握り返した。
「愚痴でも、心配事でも、何でも言えよ。心配するだろ?」
「……ありがとう」
「あと、食いたいもんとか。変に勘ぐったりしなくて大丈夫だからな」
「うん」
「は、のまんまがいいって、オレは思ってるからな」
私は、泣きながら笑った。
不思議なもので、さっきまでの冴えない感じが、すっと楽になっていくのが分かった。
嫌な部分も、間違ってしまった部分もひっくるめて。
真咲先輩が認めてくれた気がして、私はとても、嬉しかった。
「ありがとう、先輩」
休日のデートは、何もなかったように再開される。
「で、何食う?」と聞かれたから、私は「とんかつ」と答えた。
「はは、色気ねえの」
「うるさいです」
「はいはい、すみません」
飾り気のない、ありのままの私を。
認めてくれる人に出会えた事を、幸せだと思った。
そして、ありのままの先輩を、私も丸ごと、愛したいと思った。
天気は快晴。
私の気分も、先輩に照らされて。
穏やかに、暖かく、晴れていく。
END
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