自分がこんなにも甘えたがりだなんて知らなかった。
年上だったし、先輩だったし、いつだってオレが一歩先を歩いているんだって。
そう思っていたのに、なんでなんだ?

疲れて帰ってくると、当たり前のように迎えてくれる声。
仕方がないなあと声を漏らしながら向けてくれる、柔らかな笑顔。
心地いいと思う。安心する。
そして。
たまらなく、愛おしいと思う。






【甘いため息・2】






疲れた体を横たえたまま、目の前にあるの髪の毛に指を差し込んだ。
触れる唇が熱い。
を頭を手のひらで捕らえた。すっぽりと収まるその大きさが、たまらなく可愛い。

「……随分大胆になったなあ」

視線は近づけたまま、そっと唇を離してそう言った。
赤くなるかな?なんて、そんなことを期待しながらにやりと笑うと、は負けじと口角を上げた。
オレの指の間から流れた髪の毛が一筋、さらりと落ちてオレの頬をかすめる。

「なった、んじゃなくて、先輩がした気がするんですけど」
「はっ?」
「キスの仕方とか、そういうの、全部先輩の影響だと思うんですけど」

そう言って、はもう一度ちゅっと小さくキスをした。
なんだかなあ。なんだか……悔しいような、愛おしいような。
自分の色に染めるのが男の楽しみだって言う奴もいるけど、そう言う意味で嬉しいような、
いやでも、なんか知らない女になったみたいで少し寂しいような。

とにかく、今確かなのは、オレの顔が熱いってこと。
頬に触れる髪の先がくすぐったくて、なんか、変な気分になってくるってこと。
仕事でクタクタなのに、風呂すら億劫に思うくらいなのに、もう何か、別の意味で元気になってきちゃうこと。
(ああ、下品な男で悪かったですね!)
だって、可愛いだろこれは、そそるだろ。
はオレの彼女なんだから我慢なんかしなくていいわけで、普通たまんないだろ、これは!

「う、わっ」

掴んでた頭を、ぐんっと引き寄せた。
寝転がってたオレの頭と肩の間に、の顔を収めて抱きしめる。
耳元で、「うー、鼻つぶれるー」とくぐもった声が聞こえたから、笑った。

「つぶれるほど高かったっけ?」
「ひどい、先輩がひどい」
「いや、褒めてんだぞ、小さくて可愛い鼻だなあって」
「やっぱり遠まわしにひどいー」
「んじゃ、はい」

腕に力をこめて、オレの上に完璧に重なるようにをずらす。
視線がぶつかると、は目を細めた。
まるで湯気が上がるように、鮮やかに微笑む。

「なあ、……誘ってる、よな?」
「え、そうかな?」
「そうだよな?」
「うーん、どうかな」
「なんだよ」

口を尖らせて見せると、オレの鼻には自分の鼻を合わせて、
「でも、先輩も誘ってるみたいに見える」と呟いた。
唇にかかる吐息がじれったかった。

「どこがだよ、オレ、寝てたんだけど?」
「スーツはずるい」
「ただの仕事着だろ」
「でも、ずるい。ついでにネクタイもずるい」
「……ほんと、エロっちい発言するなあ、おい」

じゃあ、オレも言わせてもらうけど。
そう前置きして、オレはさっきから欲望を駆り立てるのあんなとこやこんなところを言い並べた。
次第にの顔が熱くなっていくのが感じられて、オレは少し安心した。
だって、自分がこんなにも甘えたがりだなんて知らなかった。
年上だったし、先輩だったし、いつだってオレが一歩先を歩いているんだって。
そう思っていたのに、なんだか今じゃオレの方がに翻弄されたり、引っ張られたり。

疲れて帰ってくると、当たり前のように迎えてくれる声。
仕方がないなあと声を漏らしながら向けてくれる、柔らかな笑顔。
心地いいと思う。安心する。
そして。
たまらなく、愛おしいと思う。

……つまりは、アレだ。
アレなんだよ、照れくさいけど。



「好きなんですよ、のこと」
「……そうなんですか。なんとなく知ってたけど、やっぱりそうなんですか」
「おい、こら、渾身の愛をサラッとかわすな」
「じゃあ、私も、好きなんですよ、先輩のこと」
「先輩って、ダレ先輩ですかね」
「真咲先輩って言う名前らしいですよ」
「そろそろ名前で呼んではもらえねえんですかね」
「……恥ずかしいらしいですよ」
「そうかなー、もしかしたら、知らねえんじゃねえのかなー、オレの名前」



甘えるように、もう一度抱きしめなおして。
髪の毛に自分の鼻先をうずめる。
の香り。
ああ、やっぱり誘ってる。どんどん女になるオレの彼女は、随分と巧みにオレを誘ってる。

「も、とはる」
「うん? なんだって?」
「元春、が、好きなんですよ、私」

たまらなくなって、キスをした。
熱く、深く。
いわく、の影響になっているらしいキスを、角度を変えて、何度も何度も。
いくらしたってし足りなくて、オレはそうとう彼女に溺れているんだなと思った。






唇を離したとき、どちらからともなく漏れた甘いため息を合図に。
オレたちは笑って、そして準備を始めた。
これから溶けて、一つになる幸せを感じるために。

愛おしさを指先にこめて、お互いに触れる準備を、始めた。






END






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