顔が見られたら、それだけで幸せ。
…だったのに。

おまえが望みを持たせるから、オレはどんどん欲張りになる。






【白い景色・2】






最後の配達を終え、学校の敷地を歩く。
駐車場の車までの道のり、辺りを見渡すと見慣れた景色が目に入った。
この、綺麗な校舎も。
脇の花壇も、中庭も、駐輪場だって。
懐かしいと言えるほど遠い記憶の景色じゃないのに。

「なんでかなぁ…ったく…」

オレはここの人間じゃない。
ここは、オレにとって今じゃなくて、思い出になっちまった。

仕方ない事だって分かってる。
でも、どうしても考えちまう。
バイトでも、なんでもよかったんだ。
…そう、例えば、学校行事でも。

「あと1年、オレが遅く産まれてたらあそこに入れたのにな…」

の顔が見たかった、それだけ叶えてくれれば、オレは幸せだったのに。

「…さて、戻るか」

切り替えるつもりで呟いた言葉は冷えた校舎に反射して、思いのほか響く。
ここにいると、余計なことばかりが頭に浮かびそうで、オレは歩みを速めた。
…その時だった。



「待って! 真咲先輩!」



冷たい空気の中を一直線に突っ切るような、よく通る声。
やっぱり校舎に響いて、オレの耳に飛び込む。
誰だ?
…なんて、考えずとも分かってしまった。

「…?」

呟きつつ振り返ると、そこには笑顔で駆け寄るの姿。
ヒールを履いているんだろうか、その動きはなんだか危なっかしい。

「真咲先輩!」
「ゆ、、走るな、転ぶ…」

思わず叫び返した、その矢先。

「きゃっ!」

お約束のように目の前でがつんのめる。

「おわっ…と」

慌てて腕を差し出すと、がすっぽりとオレの胸に納まった。

「す、すみません!」
「や、かまわねーけど…」

は、オレの顔を見上げると、慌てて離れようと身をよじる。
でもなぜか、一向にその体は離れない。

「あ、あれ?」
「…ど、どした?」
「ヒールが…タイルのふちにはまっちゃって…」

そう言って、彼女は懸命に足を動かしている。
オレは、といえば。
さっきまでずっと、会いたいと願っていたが今、ここにいる。
…しかも、半ば抱きつくような格好で。
鼓動はありえない速度で高鳴っていて、それがバレやしないかと心配でたまらなかった。

、落ち着け。一回、靴脱いじまえ」

呟いた言葉も上ずっていてオレは焦ったけど。
は全く気づかない様子で、「あ、そうか!」と靴を脱ぎ始めた。



「すみません、飛び込んじゃって…」

靴を脱いだが落ち着くと、オレたちは改めて向かい合う。

「いや、ケガねーか?」
「はい、大丈夫です」
「そか」

必死に追いかけてきてくれたんだろうか、の息は白く弾む。
それ越しに見る彼女の顔は、白く霞んではっきりとは見えない。

「…どした? まだパーティー中だよな?」
「はい、でも、さっき外に真咲先輩の姿が見えた気がして。真咲先輩、お仕事ですか?」
「あぁ、そう、配達」

だんだんと呼吸も落ち着いて。
正面のの顔がはっきり見えるようになってきた。

「会場のお花、アンネリーのだったんですね、お疲れ様です」
「いや、そうじゃなくて…って、え? 受け取ってない?」
「はい? 何を?」
「花。おまえに配達だったんだけど」
「え、私?!」
「ああ、そう。アンネリーから、おまえに」

やっと、視界にの姿をはっきり捉えると。
目を白黒させて、驚きの表情が見えた。
「うそ…ありがとうございます!とって来なきゃ」と叫びながら、今にも踵を返しそうだ。

が行ってしまう。
その思いに、オレは慌てて腕を掴む。
せっかく、来てくれたんだから、もう少し。
もう少しで良いから、顔を見ていたい。

「え、真咲先輩? どうしました?」

の声で、はっと我に返る。
オレは、予想以上に強くの腕を掴んでいた。
慌てて離しながら、口を開く。

「悪い! いや、そのー…花は帰りでいいから。だから…」
「真咲先輩?」
「もうちょっと、話せないか?」

戸惑いながらも、思わずもらしたオレの言葉に。
は微笑んで、頷いた。



本当に短い時間、多分5分くらいだったと思う。
何を食ったとか。
何を飲んだとか。
プレゼント交換がどうだとか、若王子がどうだとか。
駐車場の端っこの縁石に座ってで、たわいもない話をした。

の息も、オレの息も、本当に白くて。
そろそろ仕事に戻らなきゃならねえなと思いながら、オレはその息の白さを見ていた。

「…が、本当においしかったんです!」
「あぁ、それ、オレんときも出たかもしれねえな」
「本当ですか!? おいしいで……っくしゅっ!」

くしゃみで途切れる、白い息。
オレは慌てて横にいるを振り返る。

「あー…悪い、寒いよな。おまえ、薄着だもんな」
「大丈夫ですよ、頑丈に出来てますから」

息から、姿に目を移すと。
息よりも白い、肩、腕、足。

「っていうか、おまえ…!」

暗くて、気づかなかった。
ドレスアップしたの姿に、オレは急いで着ていた上着を彼女にかぶせる。

「う…わ!真咲先輩、本当に大丈夫ですから」
「おまえなぁ、そういう問題じゃなくて…!」
「え?」
「いいから着てろ。できれば、会場の中でも」
「え、あっ! もしかして、どっか変ですか?!」
「そうじゃなくて!」

露出、しすぎだろ。
喉まで出掛かって、飲み込んだ。
それを口にしてしまったら、今以上に意識がそっちに向いちまう。

「と、とにかく! その格好は合格二重マルだ! けど…」
「?」
「着とけ。着といてくれ、頼む」
「はぁ、まあ…そこまで言うなら。ありがとうございます」
「や…」

律儀にお礼を言うに、オレは後ろめたい気持ちになった。
大胆な、のドレスを。
他の奴に見せたくないからだなんていったら、こいつはどんな顔をするんだろう。

姿を見るだけで、幸せになれると思っていたのに。
姿を見たら、話したくなった。
話していたら、独占したくなった。
こうも欲張りじゃ、にほれてる限り、幸せなクリスマスなんてこないのかもしれないな。
…思い浮かんで、苦笑した。



「じゃ、オレ行くわ。出てきてくれてありがとな」
「いえ、帰り、気をつけてくださいね」

車に乗り込むオレを、は見送ってくれる。
エンジンをかけ、手を振るに振り返す。
アクセルに足を置いた…その時だった。

「あっ、真咲先輩!」

窓の外からかすかに聞こえた声に、オレは窓を開ける。

「なんだー?」
「その、言い忘れてました!」

オレの視線の先に見えたのは。
顔中で笑って。
白い息を弾ませて。

「お花を届けてくれたサンタさんに、メリークリスマス!!」

そう叫ぶ、
そんなこと一つで、オレは満たされた気分になって。

「おう、メリークリスマス!」

そう返して、笑った。



窓が開いたままの車内。
白く染まる息に、オレは息を弾ませて走ってきたを思い出す。

一緒に過ごせたわけじゃない。
これで、満足できたわけじゃない。

でも、今は。

あの息の白さが嬉しかったから、それで我慢しておこう。
欲張りな自分を必死に抑えて、小さな幸せにこっそり笑った。



叶うとは限らない思いを、隠し持ったまま。
オレはいつまでも、白い息を目で追っていた。






END






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※やっぱり、クリスマスは私には手に負えないイベントなのかもしれません。苦戦しました…。
 リアルタイムで、1年のクリスマスのイメージです。
 3年生にならないと、真咲先輩とクリスマスに会えないなんてあんまりだと思い、
 ちょっと前回のネタを引っ張って、アンネリーの皆さんに粋な計らいをしていただきました。(粋だろうか…)
 セクシー好きな先輩も、あのドレスの露出っぷりは心配だろうと思います…!そこが主題です。(分かりにくくてすみません!)
 お読みくださいましてありがとうございました!