熱でうまく回らない頭の中。
私は懸命に、考えていた。
ええと、この状況、は?
なんで、目の前がアンネリーのエプロン色なの……?
答えは、簡単だった。
真咲先輩が、私の頭を、抱きかかえている、から。
【 Present For... ―後編― 】
どうしよう、止めなきゃ。
そう思っていた涙が、驚きでぴたりと止まった。
……真咲先輩が、私の頭を抱きかかえている。
涙の代わりに、今度は心臓が激しく動き出して。
顔に血が上るのを感じた。
「せ、先輩?」
恐る恐る、声を出すと。
先輩の身体が、びくりと反応して。
そしてその直後に、目の前のアンネリーグリーンは遠のいた。
「わ、わぁ!!」
「……真咲先輩?」
「わ、悪い! オレ、今……」
オレ、今何した?
真咲先輩はそう言って、大きな手で自分の口元を覆って。
私を見て、顔を真っ赤にして、頭を下げた。
「うわー……悪い。ほんと、ごめん」
「い、いえ、その……私も泣いちゃってごめんなさい」
「や……」
「……」
先輩も私も、沈黙したまま。
私の部屋には、気まずい空気が漂った。
どのくらい、そうしていたんだろう。
きっと数秒だったんだろうけど、私は沈黙の息苦しさに窒息するかと思った。
何か言わなきゃ、そう思えば思うほど。
何を言ったらいいのかわからなくなった。
「……あのさ」
それを先に破ったのは、真咲先輩。
私は急いで、はい、と返して。
身体を少し起こして、体制を整えた。
「や、寝てていいけど」
「あ、はい」
「あの、さ。……これ」
先輩は咳払いをひとつして、ポケットから小さな包みを取り出す。
私は、布団を肩の辺りまで引っ張り上げながら。
その包みに、目を落とす。
「これ?」
「その、お返し、です」
「え」
お返し。
一昨日から、ドキドキして待っていた、お返し。
落ち着き始めていた、私の心臓はまたうるさくなる。
「……あのー?」
「え、あ! はい!」
「いらねえの?」
「え?」
「いや、受け取ってくれねーから」
「い、いります! いります! 欲しいです!」
慌てて布団から腕を伸ばして。
先輩の目の前に、手を出す。
先輩は、「はい」といいながら、その包みを私のてのひらに乗せた。
「ありがとうございます」
「いや、まあ」
「……嬉しいです」
あけてもいいですか?と聞くと。
先輩は、後にしろ、と口を曲げた。
そして、恥ずかしいから、と小さく付け足した。
私は、その包みをてのひらに収めて。
ありがとうございます、と、もう一度お礼を言った。
「まあ、大したもんじゃねーから、あんま期待すんなよ?」
「そんなことないです」
「……だといいんですけど」
「ふふ」
先輩から、もらったものなら。
例えばキャンディー1個でも、クッキー1枚でも。
それだけでもう、十分大したものなのに。
そう思って、私は頬を緩めた。
「でも、よかった」
「なにが?」
「……ピンチヒッター。お返しのピンチヒッター、いなくてよかった」
「なんだそれ?」
「休んだらバイトのピンチヒッターみたいに、先輩、誰か他の人にくれちゃってたかもしれないし」
笑いながらそう言うと。
先輩は途端に顔色を変えて、大きくため息をついた。
「んなわけねえだろ?」
「そうですか?」
「あのなぁ、確かに、バイトはピンチヒッターが効くけど、
オレ、おまえのピンチヒッターがいるなんて、いってねーぞ?」
ちょっと不機嫌な声に。
私は口を閉じて、先輩を見た。
「……ほんとはな、もう1つ、特別なプレゼントも準備してたんだぞ?」
「え、なんです……」
「教えない」
「なんでですか?」
「熱が出てて覚えてませんー、なんて言われたら、たまったもんじゃねーし」
「??」
そう言って、先輩はまた、咳払いを1つして。
そして、大きな手で私の頭をかき回した。
「風邪、治ったらやるから。だから、今日はおとなしく寝てろ」
それこそ、ピンチヒッターはきかねえからな。
その言葉に、首をかしげると。
先輩は、そろそろ行くわ、と立ち上がった。
玄関先。
見送りに出て、靴を履く先輩の姿を見ていた。
「じゃ、早く治せよ?」
「はい、ありがとうございます」
「あ、それと、」
「風邪、うつすときはオレにしてくれな。ピンチヒッターはなし」
「え、それはどういう……」
「……オレ以外の男は、部屋に入れるなよ、って話だ」
あ、はい。
そう笑うと、先輩は鈍いなぁと、わけの分からないことを言って笑った。
それから少し後。
私は先輩からもう1つのプレゼントを受け取って。
治りかけていた風邪を、しっかり先輩にプレゼントしてしまうことになるんだけど。
それは、また。
また、ちょっとだけ、先の話。
END
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