身を引くか、力ずくで連れ去るか。
もういいよって笑うのか、なんでなんだって詰め寄るのか。
どちらが正義か、どちらが悪か。
俺は、俺の信じる道を行く。
彼女至上、最大で最後の、英雄になるために。
【それは英雄の革命によって創られた】
青空、平和な人の流れ、南風。
夕方間近の穏やかな構内を、俺は切り抜けるように走っていく。
早く、彼女に会いたい。
1分でも、1秒でも早く。
突破口が見えない、なんて、そんな悠長なことを考えるのはもうやめだ。
見えないなら、見つけるまで。
見つからないなら、切り開く、まで。
俺の勝手な願望で彼女を傷つけたと思っていたけれど、そんなのは関係ない。どうでもいいことだ。
俺がなしとげたかったことは、“今”のことじゃない。
遠い将来、例えば死ぬ間際に、ああ、いい人生だったなあ、って。
いろんなことがあったけれど、生きていてよかったなあ、って、そう彼女が思ってくれれば。
そう、もっとでっかい、でっかい遠い未来のことなんだ。
地面を蹴るたびに、迷いが消えていく。
今、俺は、姫をさらいに行くヒールかもしれない。
英雄とはかけ離れているけど、でも、それでいいんだ。
とにかく、彼女を――
図書館の、古い建物。
重い扉を、蹴散らすみたいに開く。
ずかずかと先に進むと、俺のただならぬ雰囲気に幾人もの学生が俺を振り返る。
でも、ちっとも気にならない。
「お姉さん!」
カウンターが見えたところで、大声で叫んだ。
彼女が、振り返る。まるでスローモーション。
遠目からでもはっきり分かった、そのこわばった表情の元へ、速度を緩めることなく歩みを進めて。
そして。
目の前までたどり着くと、カウンターに両手をつき、ぐっと身を乗り出した。
「お姉さん、アンタをさらいに来た」
「ちょ…っと、櫻井くん、ここ図書館。静かにして、」
「黙ってろよ。うるせえのはアンタだ」
近づいた俺に圧倒されて、彼女は少し身を引いた。
揺れる視線を逃すまいと、自分の視線でがっちり捕らえる。
動けなくなった彼女を確認して、俺は再び口を開く。
「2つだけ質問。まず1つ目な。なんで、俺を避けんの?」
「だっ…て。それは、君が変なこと言うから、」
「変なこと? 変なことって、なんだよ」
「…私が、君を好き、とか…、」
「とか?」
「君が、私を好き…とか」
それのどこが変なんだよ?
より深く目を覗き込むと、彼女は押し黙った。
「…まあいいや。次、2つ目な」
「あ、の…」
「どうしてそうやって、俺の気持ち、見ないふりすんの」
「え…?」
「変なこと、って、そうやっていつも逃げてんなよ。答え、一度も聞いてないぜ?」
彼女は、ぐっと唇をかんだまま。
切ないような、何かを噛み殺したような表情で、俺を見る。
あのさ、残酷なようだけど。俺はもう、容赦しない。
だって、そうだろう。歴史的な革命にはいつでも、痛みが伴った。
英雄はいつだって、正に革命の最中には、暴君だのなんだのって、悪役扱いだったんだ。
最初はしんどくても、貫かなきゃいけない。
ここを乗り越えないと、彼女はきっと、恋、に踏み切れない。
「ちゃんと、聞いとけよ。今までみたいに、無かったことにすんじゃねえよ」
目に見えない、今度は彼女の心の中に、黄色の檸檬爆弾を。
「好きだ」
「櫻井く…」
「アンタが好きだ。アンタが欲しい」
君、を。
君を、世界一。
「アンタを、幸せにしたい」
彼女の肩を、ぐっとつかむ。
震えていた。
目には涙が盛り上がっていて、後数秒後、もしかしたら彼女は泣いてるんじゃないかと思った。
「…逃げるなら、今だぜ?」
「え…」
「今から5秒数えたら、アンタにキスする。嫌なら逃げろよ。逃がしてやる。はい、5、」
「さ、さくらいく…?!」
「4」
3、
2、
1…
彼女の涙がこぼれるのと、どちらが早かったのだろう。
カウント、ゼロ。
彼女は今、俺のもんになる。
「私で、いいの…?」
「は?」
「私おばさんだよ? 櫻井くん、若いもん。いつか飽きて、若い子が良くなるんじゃない?」
「んなわけあるかよ」
「私、若い子みたいに、簡単に離れてあげられないよ? 一生もんになっちゃうよ…?」
「…それ、すげえ口説き文句な、お姉さん」
「だって、」
「だってもクソもあるか。最初から、言ってんだろ。アンタ“で”いい、んじゃない。アンタ“が”、
…アンタが、いい、んだ」
俺の言葉に、彼女が頬と目じりから、するりと力を抜いた。
初めて、重なった。
目の前の気味と、俺の頭の中の君。
そこには、待ち望んでいた微笑が、柔らかく、柔らかく広がっていた。
その、平和な笑顔に。
これが本当の革命的な恋愛の始まりだ、と、俺は彼女の唇に、ちゅ、と。警鐘を鳴らす。
「…俺こそ一生もんだぜ。覚悟しとけよ?」
それから数日。
彼女が俺の恋人になって初めて迎える休日だってのに、あろうことに俺は非常にくっだらねえ予定をいれちまってて。
その合間。逃げるようにして、彼女のいる、いつもの図書館に向かう。
「は? じゃあ今、かくれんぼの最中ってこと? あはは、何それ!」
「…だってよ、まさかこんな風になると思ってなかったし」
「まあ、あんだけばっちーん! って頬叩かれたら、普通諦めるよね」
「叩いたの誰だよ」
「私ですけど」
「とんだじゃじゃ馬だよな」
「ありがとう」
「褒めてないぞ」
息を潜めるカウンター、束の間の密会。
今頃外では、きっと鬼になった真咲が必死んなって俺を探してるんだろう。
かわいそうにな、あいつもこんな俺の気まぐれで、彼女と過ごす平和な休日をかき回されて。
「…でもまあ、かき回されるくらいでちょうどいいよな。退屈な日常に、1さじのスパイスを、って」
「何の話?」
「ちょっとぐらい刺激があったほうが、盛り上がるって話。あー、お姉さんの嫉妬、可愛かったなあ」
「…君はちょっと、キザすぎるわよ」
「さんきゅ」
「褒めてないぞー」
ふと窓の外に目をやれば、講義棟の非常階段に二つの影。
目を凝らしてみれば、見知った大きな男と、その男が大事にしている、小さな女。
青空の下、わずかな影に隠れるみたいにして、二人は近づいて――小さく、キスをして。
あーあ、なんだよ、平和なもんじゃん。
余裕こきやがって、やっぱりむかつく。真咲。
「…じゃ、そろそろ俺、戻るわ。日本茶みたいに和んでる奴に、スパイス入れてやりに」
「うわ、それすっごく不味そうよ。っていうか、悪趣味」
「世話になったお礼だよ」
「恩を仇で返すタイプよね、君」
「光栄です」
にしし、と笑って、カウンターに背を向けかける。
本当は名残惜しいけど、まあ、やっぱりちょっと、真咲にお礼もしなきゃなあ、なんて。
そんなおせっかい、俺にも余裕が出てきた証拠なのかもしれない。
「あ、仇ついでに、お姉さんにも一つ」
「え?」
「手、出して?」
事のついで、みたいに、ポケットから取り出す小さな輪。
それを握った手に隠し持つ。
「はい、姫の証」
斜めの目線から、彼女の左手の薬指に、それをはめた。
初めて会ったとき、彼女を縛っていた左手の薬指、あの白い跡と同じ位置に。
「…ねえ、ちょっとこれ、きついんじゃないかなあ?」
君の言葉に、俺は笑う。
「今度は跡じゃなくて、本物が残るように、な」
檸檬爆弾の終結は、きっともう、そう遠くない未来。
この薬指の輪が、本物に変わる日に訪れる。
そこには、君と俺が、並んで立っているのだろう。
ばっかみたい、な。
最高の笑顔で。
英雄によって創られた、最上級の幸せを抱えて。
END
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