桜の花が風に舞い、 ざわざわと音を立てる。

それは、きっと。





【祝福の音】





森林公園の並木道。
見上げれば、満開の桜とその隙間に広がる青空。
そして、

「いい天気だな」
「ね」

隣に目をやれば、小さなつむじと、笑顔。
時折、風がざわつくと 花びらが舞い上がり、の日に透けた茶色い髪にふわっと落ちる。

「卒業かぁ」
「そうだな」
「早いね、もうあれから4年も経つんだ」

……4年。
そうか、もうそんなになるのか。

が、オレの隣で当たり前に笑ってくれるようになってから、4年。
オレたちは少しだけ大人になって。
そして1週間後、それぞれの大学を卒業する。





短かったな。
オレが呟くと、はオレの顔を見上げた。

「そうだね。でも、長かった気もするなあ」
「そうか?」
「だってさ、色々あったよ」

はそう言って、懐かしむように少し目を細めて。
出会った頃と変わらない、のんびりとした口調で話し始めた。



「私の大学の合格発表、志波くんに付き合ってもらったよね」
「ああ、そうだったな。おまえが緊張で見られないって言うから、オレが掲示板見に行った」
「ふふ、そうだったね」
「で、番号確かめて戻ったら、おまえ、オレの顔見るなり泣き出した」
「だ、だって、志波くん無表情なんだもん! 落ちたかと思ったの」
「……悪かったな、無表情で」
「でも、今なら分かるよ」
「ん?」
「口のはしっこ、ちょっとだけ上がってたよね?」



「そういえば、2年のとき、オレが部活の合宿に行って……」
「……? なんだっけ、それ」
「2週間して帰ってきたら、おまえ――」
「わ、わぁ!!!」
「なんだよ」
「思い出したの! 言わなくていいです。言わないで下さい」
「そうか?」
「うん」
「………」
「………」
「……………泣いてオレに抱きついた―――」
「わー!! いいです、いいです」
「なんでだ?」
「は、恥ずかしいの!」
「ふうん。かわいかったのにな」
「……」



「色んなとこ行ったよね」
「そうだな……あの時は死ぬかと思った」
「いつ?」
の運転で、家の車で海まで行ったとき」
「すみません……」
「オレもペーパーだけど、あのときは免許取っててよかったと心から思ったな」
「上手だったよね、志波くんの運転」
「普通だろ」
「そうかなー」
が下手なんだ」
「……志波くん、4年でちょっと意地悪になったよね」
「そうか?」



気がつけば、思い出は次から次へと流れて止まらない。
オレたちは、ゆっくり歩いた。
思い出の照れくささに、たまに少し、笑ったりしながら。





ちらちらと舞う、桜の花びらに囲まれて。
の子守唄みたいな声を聞きながら、4年の月日を思う。

最初はもどかしかったこいつの歩く速度も、最近ではすっかり当たり前になって。
並べば必ず、オレは左側、は右側。
落ち込んでいるとき、はいつもより鼻をすする回数が多くなって、
いいことがあったときは、オレの顔を見上げる角度が大きくなる。
飲み物は、カフェオレ。
コンビニに行くと、必ず駄菓子のチョコを1つ買う。

これもきっと、この4年――もしかしたら出会ってから7年――で、積み重なったもの。
幸せの重みに、オレはこっそり頬を緩めた。

「なに? なんかいいこと思い出した?」
「……いや」
「そう?」

なおも頬を緩ませたままのオレを見て、
でもほら、口の端っこ、上がってるよ?と、が言った。
そういうも、さっきからオレを見上げる首の角度がご機嫌だ。

「もしかして、いいことじゃなくて、私の失敗談?」
「いや、いいこと、だな」



「多分、世界で一番いいことだ」



教えてよ、とせがむの、頭に乗った花びらを一片。
手にとり、眺める。

「不思議だ」
「え?」
「こんな、小さいもんなんだよな」

手の中の花びらから。
空に枝を伸ばす桜の木に目を移す。
一面の、桜色。
それは、息をのむほど、見事な。

「この小さいのが集まって、これになってるんだよな」

一体、いくつの蕾から、これだけの花びらを開いたんだろう。
この一本の木は、この季節のためにどれだけのエネルギーを使うんだろう。

「すごいね」
「ああ、すごい」

立ち止まって、2人で桜の花を見上げる。
は、こうなりたいね、と独り言のように呟いた。
オレは黙ったまま、頷いた。

それ以上、オレたちは言葉は交わさなかったけど。
“こうなりたいね”の意味はきっと、同じだったと思う。





これからも、オレたちは。
短いような、でも長い。長い時間の中で。
少しずつ、色んなものを積み重ねて、大人になる。

辛いこともあるだろう。
苦しいことも、悲しいことも。
もちろん、楽しいことも、嬉しいことも。

それは些細で、ちっぽけで。
もしかしたら記憶の片隅に、押しやられてしまうものもあるかもしれない。



でも。



いつの日か、遠い将来に。
またこの桜の下を、と2人で歩くとき。
その些細でちっぽけなものは、今日以上の幸せの重みになる。
絶対に、そうであって欲しいと思う。
心から。






「うん?」



「ありがとう」



「……うん、私も」
「ありがと、な」
「うん、ありがとう」



たくさんの幸せを、ありがとう。



は懸命に顔を上げて、オレの顔を見ている。
オレの口の端はきっと、少しだけ上がっているんだろう。
にだけ、分かるくらいに、わずかに。

オレたちはまた、ゆっくり歩き出す。
は右、オレは左。
途中の自販機で、カフェオレを買ったりしながら。





桜の花が風に舞い。
ざわざわと、音を立てる。
それは、きっと。



きっと春を。



全ての、喜びを。





祝福する、幸せの音。





END





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