わたしの大好きな彼が、大好きな彼女。
わたしは彼女が、大嫌いだけど。

でも、もし、生まれ変わるなら。






【魔法使いの言葉・2】






彼の膝の間から、お気に入りのクッションの上に移動して、 背中を向け合っている、彼と彼女を横目で見た。
猫の視界は、きっと人間のそれより広い。
わたしの位置からは、十分二人の姿が見渡せる。
それに。
猫の目は、きっと人間のそれより鋭い。
わたしの目には、二人は仲直りしたがっているように見える。

ほんとに、なんでなんだろう。
たった三文字、“ごめん”って。
そう言えばいいのに。
なんで二人は、ずっと背中を向けているんだろう。

わたしは何を言っても、きっと彼には伝わらない。
それでも、大好きな彼を怒らせちゃったときは、鳴いたり、彼の足元をうろうろしてみたり。
必死でご機嫌を伺うのに。
せっかく、同じ場所にいて、お互いのことを考えているのに。
この、好き合ってる二人は、何をしているの?

大好きなくせに。
何があっても、嫌いになんてなれないくせに。
わたしの鋭い猫目には、はっきりと、そう映るのに。
何をいまさら、二人して、嫌いなふりなんてしてるんだろう。



全く、世話が焼ける人たちだと思う。
わたしは立ち上がって、部屋の隅にある棚のほうへ向かった。
わたしに、言葉は使えないけれど。
言葉が使えなくたって、仲直りの方法はいくらでも知っている。
棚の前につくと。
わたしは、思い切りジャンプをした。

分かってるの。
わたしが暴れれば、二人は慌てる。
きっかけさえあれば、彼と彼女は仲直りをして。
そしていつものとおり、彼は優しい、幸せな顔になって。
わたしのことなんか、構っていられなくなるの。
分かってる。
最初から、全て。



「お? おい、おまえ……!」
「え、わっ?!」



思ったとおり、彼と……彼女は。
慌ててわたしのところまで寄ってくる。
そして、暴れるわたしの足元から二人が救おうとしたのは、 彼と彼女が、並んで写った写真。
控えめで、照れ屋な二人らしい。
この部屋に飾ってある、唯一の二人の思い出。

それは、棚から落ちる直前に、二人の手に収まって、 助かった。
二人の写真に、ひびが入ることはなかった。

「あっ……ぶねぇ」
「セーフ……」

一つの写真たてを、二人で持ったまま。
彼と彼女は、ほっと息をついている。
ばかみたい。
そんなに大事なら、けんかなんかしなければいいのに。
ちゃんと、謝ればいいのに。

ふん、と鼻を天に向けて、わたしは棚から飛び降りた。
そして、何もなかったように二人の前を横切る。
だって、悪いことなんてなにもしてないもん。
ただ、二人の仲を……彼の幸せを。
守ってあげたかっただけ。

二人は、そんなわたしを、驚いたように見て。
そして間もなく、彼はわたしの頭を小突いた。
まだわたしが子猫のころ、台所でおもらしをしてしまったときのように。
“ダメだ”と言葉にする代わりに、私の狭い額を、こつんとした。

何よ。
わたしは何も悪くないのに。
ムッとしながらその場を去ると、背中のほうで声が聞こえた。

「ごめん」
「……ごめんね」

ちらりと振り返ると。
泣いてる彼女と、その彼女を抱きしめる彼。
彼の大きな背中は、一層大きく見えて。
そして、彼女を抱きしめる腕は、太くたくましく。
何よりとても安全な場所に見えた。
寂しさや、悲しさ。
不安や怖いこと、全てから守ってくれるような、そんな場所に。






人間は、やっぱり世話が焼けるし、不可解だけど。
でも、すごく、うらやましい。
そして、私は彼女が大嫌いだけど。
もし、生まれ変わるなら。

……彼女に。
になりたい。

下らないけんかをして。
下手っぴな仲直りをして。
でも、そこには、シバカツミの大きな背中と、たくましい腕があって。
すごく、幸せで。



そんな夢を、描きながら。
わたしは全部分かっていたけれど、 部屋を出る前に、口を開いてみた。

ねえ、大好き。

紡いだはずの言葉は、鳴き声にしかならなくて。
変わりに聞こえたのは、

「「好き」」

大好きな彼と、大嫌いな彼女の声。



悔しかった。



言葉はまるで、魔法使いの呪文のように。
二人を幸せで包む。
その空気が、たまらなく悔しかった。

二人を見ていると、はっきりと分かる。
わたしはやっぱり、彼に愛されたい、ただの猫で。
どう見たって、彼と彼女は。

それはそれは悔しいほど、お似合いの“恋人”。

わたしは、落ち着かない玄関マットに丸まった。
せめて、夢の中でくらい。
彼の恋人になれたらいいのに。



淡い期待を胸に。
わたしはゆっくり、目を閉じた。






END






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※報われない片思いを書きたかったのですが、主人公ちゃんの恋が叶わないのは辛いので猫にしてみました。