「あ、志波くん」
「……おう」
「どうしたの? 忘れ物? 待ち合わせ?」


「まあ……そんなもん」






【はしっこマフラー】






太陽の光が赤みを増す。
今日も、一日が終わる。
それは当たり前のことで、きっといつもなら、惜しんだりしないんだ。

「部活、お疲れさま」
「ああ」
「外、寒くなってきたもんね。野球部、大変そうだね」
「そんなことない。動いてりゃ暖かくなる」
「そっか」

照らされた窓際の席、志波くんが座る。
私との席の間、机1つ分。
真横の彼は、意識しないと視界に入らない。

「おまえは?」
「え?」
「おまえは、何してたんだ?」

振り返って、志波を視界に映した。
目が、合った。
逆光の中、彼はまっすぐに私を見ていた。





今日は志波くんの誕生日だった。
忘れるはずなんてない、だって、好きな人の誕生日なんだから。

1年生のとき、知り合ってから初めて迎えた志波くんの誕生日は何も準備できなくて。
ただ、一言、おめでとう、と伝えただけだった。(それでも精一杯だった)
2年生のとき、同じクラスで迎えた2度目の誕生日は、スポーツタオルをプレゼントした。
ちょうど野球に復帰した直後だったから、偶然みたいにプレゼントすることができた。(やっぱり精一杯だった)

そして迎えた今日。私にとって、3回目の志波くんの誕生日。
準備はした。しすぎるほどに。
今、私の机の脇に下がっている紙袋には、昨日、バイト先の珊瑚礁でマスターにいっぱい迷惑をかけて作った、
小さいホールのチョコレートケーキが入っている。

、部活やってなかったよな」
「うん」
「今日、日直でもなかったよな」
「……うん」

教室に残っている用なんてないだろうと言いたげの志波くんから、視線をそらすと、
目の前の必要以上に整理された 机の上のノートが目に入った。
そう、必要“以上”。
こんな風に残っている用事なんて、私には何もなかった。
残っていたんじゃない、帰れなかったんだ。

本当はもっと早く渡すはずだった、誕生日プレゼント。
朝渡そうと思ったら緊張してできなくて、昼休み、と思ったら、人が多くて恥ずかしかった。
放課後こそと意気込んでみたけど、人がはけたころ、志波くんはとっくに部活だった。

「……も、待ち合わせかなんかか?」
「う、うーん」
「違うのか?」
「“まあ……そんなもん”?」
「……真似するな」

私は、こんなところでこっそり。
志波くんが来るのを期待して、待っていたんだ。

「志波くんは、」
「うん?」
「志波くんは、忘れ物なの? 待ち合わせなの?」
「……しいて言うなら、両方、だ」
「そうなんだ……。来るまで、ここにいるの?」
「待ち合わせだからな」
「暇じゃない?」
「そうだな……、話でもするか?」
「え、あ、うん」

私は今日、まだ、おめでとうすら言えていない。
志波くんは、しどろもどろな私に、くくっと笑って。
隣の席に、どかっと移動した。






志波くんは、両手をポケットに突っ込んで、私の隣。
組んだ足が机に突っかかって、窮屈そう。
渡すなら、今。
分かっているのに、でも話を切り出すきっかけが分からない。

「志波くんのマフラー、いい色だね」
「そうか?」
「うん。茶色が柔らかくて、あったかそう。似合ってる」
「……サンキュ」

 (あ、照れた。)

はマフラーしないのか?」
「今日、忘れちゃったの」

 (朝、プレゼントを準備するのに必死で。)

「寒くないのか?」
「ちょっと寒いよ。でも、大丈夫」
「貸すか?」
「え、いいよいいよ! ほんと、平気だから」

 (志波くんのマフラーなんて、そんな恐れ多い!)

「……貸す。巻いとけ」
「大丈夫だよ! 志波くんと違って、ほら、皮下脂肪豊かだから」
「なんだそれ」

(あ、笑った。)

「いいから、巻いとけ。風邪引く」
「志波くんも引くよ」
「そんな柔じゃない」

ふわり。
志波くんの首から離れたマフラーは、私の首に頼りなく巻きつけられた。
暖かい、むしろ、暑い。
志波くんが、ちょっと荒っぽく、でも丁寧に私の首にマフラーをぐるぐるするから。
すごく、どきどきした。
こんなことで暑くなる自分が、すごく、恥ずかしかった。

「あ、ありがとう」
「別にかまわない」

でも、バカは風邪引かないっていうし、私きっと大丈夫だよ?
これで志波くんが風邪なんかひいちゃったら大変だし、ほんと、出るときには返すから。
あ、でも本当に、巻いてみても綺麗な色だね! いいね、好きかも、この色。
照れ隠しにまくし立てる。
赤い顔を隠したくて、目の前のノートを持ち上げて、口元にあてた。

、顔、赤い」
「え、あ、あの、夕日じゃないかな?」
「……じゃないと思いたいんだが」
「え?」
「ん?」

いじわるに。(でも、本当はすごく優しい目をしてる。)
志波くんが私の顔をちょっと覗き込むから、どうしていいか分からない。
ゆるく巻かれたマフラーを、持ち上げる。



「……来ないね、待ち合わせの人」
「そうでもない」
「え?」
「もう来てる。ないのは、忘れ物のほう」
「あ、あの?」
「マフラーの変わりに、催促してもいいか? 忘れ物」
「……え」



夕日が、終わる。
そろそろ夜が来て、今日を連れて行ってしまう。
わずかな赤の中、今日の主役が、立ち上がる。





、オレに渡すもん、ないか?」





震える手、懸命に動かして、机の脇のそれを掴む。
まだ躊躇する私の正面、急かすみたいに、マフラーのはしっこ。
志波くんはつまんで、つん、と引っ張った。

「今日一日、柄にもなく待ってた、オレ」
「……分かって、たの?」
「オレの席、オレの目線からだと紙袋んなか丸見え」
「そ、そうなんだ……」

おめでとう、と差し出した。
でき悪いけど、笑わないでね?
言った傍から、志波くんは笑う。

「笑う」
「ひ、ひどっ」

嬉しくて。

「嬉しくて、笑う」

志波くんは言った。





、顔赤い」
「だから、夕日の……」
「もう、沈んだ」





つままれた、マフラーのはしっこ。
それをたどるみたいに上がった彼の手が、私の頭を包んで。

“待ち合わせ”をしていた私たちの、薄くて長い、長い影。

一つに、重なった。





 (渡せなかったのは、おととしよりも去年よりも、ずっとずっと好きだから)





今年も私は、精一杯で。
いっぱい、幸せ。





HAPPY BIRTHDAY!






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