オレといて、何が楽しいんだろう。
オレと話していて、何が楽しいんだろう。
廊下ですれ違うときに、微笑む顔。
放課後の校門で、一緒に帰ろうと呼びかける声。
そして、今、背中に感じるぬくもり。
そのすべてに、オレは動揺している。
【背中越しの気持ち・番外編】
それは、今から15分前。
「…送る。乗れ」
人もまばらな森林公園で、オレはに背を向けてしゃがんでいた。
『なんなら芝生の上で昼寝でもするか?』
あの後、オレは芝生の上ですっかり寝入ってしまったようで、
に遠慮がちに起こされたときには、すでに日も暮れかけていた。
暖かく照っていた日差しは翳って、風も冷たい。
帰ろうと立ち上がり歩き出して、はっと思い出した。
まだ少し痛そうに、足をかばいながら歩く。
そうだ、彼女は靴擦れをしていたんだ。
さっきの痛々しい傷が頭に浮かんで、オレは迷わず彼女を背負おうと思った。
「い、いいよ!大丈夫、歩けるから…」
は顔と手をぶんぶん振りながら、少し後ずさった。
…恥ずかしいのか?
そりゃ、オレだって恥ずかしくないわけじゃない。
でも、あの速度で歩いて帰ったんじゃ、家に着くのはいつになるか分からない。
なにより、どう考えても痛そうだ。
もうだいぶ人影もなくなったし…大丈夫だと思ったんだ。
「…いいから。その足じゃ家に着くのいつになるか分かんないだろ」
「でも…重いし…」
「おまえ一人くらい、重いわけない。…一人でしゃがんでたらバカみたいだろ。早く乗れ」
少し強引に促すと、の小さな手が俺の肩にかかるのを感じた。
「…お願いします…」
「……しっかりつかまっとけよ」
つかまる手に遠慮がちに力がこめられたのを確認して、オレは歩き始めた。
そして、今に至るわけなんだけど…。
「お、重くない?重いよね…」
「いや。大丈夫だ」
体力も筋力も、人よりあるほうだと思う。
それに、も絶対に重いほうじゃない。
予想以上の軽さに驚いたほどだ。
…大丈夫じゃないのは、他のことだった。
背中に感じる、暖かいぬくもり。
そして…やわらかい”それ”。
誰かを背負って歩くなんて、もしかしたら本当にガキだった頃以来で、
こんなに密着するんだったってことに驚いて、そして焦っている。
女って…こんなに柔らかいのか…。
というか……こいつは女だったんだな…。
廊下で落とした物を拾ってやって以来、顔を合わせる度に微笑んだり、声をかけたりしてくれる。
無愛想であまり人を寄せ付けないオレに、珍しく関わってくれるこいつのことを、
オレは懐いてくる小動物か何かと一緒のように思っていた。
今日一緒に出かけたのだって、特になにも意識はしてなかったんだ。
小さい動物に囲まれていると居心地がいいように、と話しているとなぜか安心する。
一緒にいても、違和感がない。
暇な休日、たまにはトレーニング以外のことをするのもいいかと思って、なんとなく来てみた。
…それだけのことだったんだけど。
もしかして傍目から見れば、これはデートなのか?
意識し始めると、なんだか思考はそっちの方にばっかり向いちまって。
たまにすれ違う人の目とか、背中に当たる柔らかい感触が気になってたまらない。
確かには小動物みたいな奴だけど。
オレは男で、こいつは女なんだよな…。
「志波くん、この辺で大丈夫だよ」
…真剣に考え込みすぎていた。
の声にふとあたりを見回すと、もうバス停の前まできていた。
「あ…そうか、おまえバスだったよな……」
我に返ってつぶやきながら、オレはその場に静かにしゃがむ。
そしてはオレの背中から離れ、そっと地面に立った。
背中のぬくもりが離れたその場所に冷たい風が吹き込み、小さく身震いをする。
「ありがとうございました」
目の前に向き直ったは照れくさそうに微笑んで、小さくお辞儀をする。
その人懐こい表情と仕草と、さっき感じた女の感触に大きなギャップを感じて、
「いや…別に大したことじゃねえだろ…」
オレは戸惑いながらそう返事をした。
バスが来るまで、あと5分。
「大丈夫だよ?遅くなっちゃうから、志波くんも帰りなよ」
はそう言ったけど、オレは一緒にバスを待つことにした。
ここには街灯もなく、オレたちの他に人気もない。
…こいつは女なんだ。
そう思ったら、なんだかここにこいつを一人で置き去りにするのは心配だった。
「オレが寝入ったせいで遅くなったんだ…5分くらい気にするな」
「そ、そう?じゃあ…ありがとう」
「いや…」
少し風が冷たいバス停で、オレたちは前を向いて立つ。
目の前には、街路樹の落ち葉が風に音を立てている
「志波くん…本当に今日はごめんね」
の小さな声に、オレは顔を少し下に向ける。
「…何がだ?」
「せっかく来てくれたのに、靴擦れとか…色々迷惑かけちゃって…」
暗がりの中、そっと表情を伺うと、それに気づいた彼女が顔を上げる。
その拍子に、ぶつかる視線。
オレは顔に熱を感じて、とっさに顔をそらした。
「志波くん…?」
オレの態度を不思議に思ったのだろうか。
が少し不安そうにそう声をあげたから、少し慌てて言葉を返す。
「…迷惑じゃない」
「え?」
「むしろ、本当に寝て悪かったな…居心地、良かったから…」
「…本当に?」
「……ああ…」
照れくささに手で口元を覆いながら、オレは彼女をちらりと振り返る。
すると、は小さく口を動かした。
「……よかった…」
ちょうどバスが来て、その声は聞き取れなかったけど。
はなぜかとても幸せそうな顔をしていて、それを見たオレの鼓動はどんどん早まっていった。
一人きりの帰り道、暗くなった空を見上げる。
白い息越しに見えたのは、ちらほらと見え始めた星。
…バスの中から、も見てるかもしれないな。
無意識に頭に浮かんで、頬が緩んだ。
この気持ちがなんなのか、自覚するのはそう遠い話でもないんだけど…。
背中に感じたぬくもりと、幸せそうな笑顔。
それに、大きな戸惑いと、小さな幸せを感じて。
寒くなり始めた冬の道を、オレはゆっくりと歩いた。
END
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