休み時間、同じクラスの女に呼び出されて出た廊下。
「あ、あの、迷惑だったら気にしないで! 持って帰るから!」
差し出されたそれは、青が綺麗な包み紙の小箱。

「……なんだ、それ…?」
「あの、志波くん今日誕生日だよね? その、プレゼント、です」
「ああ、そうだったか………サンキュ」
「めっ、迷惑だよね!! ごめん!! 気にしないで!!」
「いや……」

そんなこと、一言も言ってないだろう?
言い終わる前に、必死の形相で頭を下げて走り去る女。
そういえば、去年もこんなことがあったかもしれない。
愛想がよくないのは認めるけど、そんなに怖いのか? オレ……。






【背伸びする視線】






今日オレは、16になる。
ガキの頃みたいに、プレゼントだ何だってはしゃぐ歳でもない。
正直、今の奴に言われるまで気づかなかった。
そのくらいのこと……なんだけど。

言っても信じてもらえないかもしれないけど、嬉しい。
今の奴が、オレの誕生日を知っててくれて、覚えていてくれたこと。
祝ってくれようとしたこと。
全部、嬉しいし、ちゃんと礼がしたい。

よく誤解されるけど、オレは別に短気じゃねえし、怖い性格でもねえと思う。
そりゃ、口数は少ないし、外見的にはでかいし黒いし怖いかもしれねえけど。
誰かを威嚇してるつもりもないし、話しかけるなとも思っていない。
一人でいるのは嫌いじゃない……むしろ、落ち着けて、自分のペースでいられるから好きだけど、
でも、誰かと話すのだって嫌いじゃない。
むしろ、楽しいと思ってるんだけどな。

帰るまでに、机の中に2つ、プレゼントが押し込まれていた。
差出人の名前はない。
嬉しい……んだけど。
なんだろうな、一方通行っつーか。
心当たりもないから礼も言えないし、もしかしたら間違いで入れたんじゃねえかとも思う。
少し困ったなと思いつつ、返すこともできないから鞄に入れる。
今日は晴れているから、帰ってジョギングでもするか。
そう思って教室を出た、そのときだった。

「わっ!」
「……?!」

教室のドアに寄り添うように立っていた誰かにぶつかりかけて、オレは慌てて足を止めた。
だいぶ下の方にある顔に目を向けると、そこには隣のクラスの

「……、悪い」
「し、志波くん! 大丈夫?!」
「ああ、ぶつかってない。大丈夫だ」
「よかったあ、ごめんね、こんなとこに立ってて」
「いや」

はすごく珍しい奴だ。
廊下で生徒手帳を拾って以来、何かとオレにかまってくる。
も最初は、オレを怖がっている素振りがないわけじゃなかったんだけど、
最近ではだいぶ慣れてきたのか、そんなこともなくなってきて。
オレにとっても、今では気さくに話せる居心地のいい奴になっていた。

「志波くん、今帰り?」

はオレと話す時、苦しそうなほど精一杯顔を上げる。
身長差があるから、向き合うとどうしてもこうなっちまうのが申し訳ない。

「ああ。は誰か待ってるのか?」
「あっ、えと……うん」
「そうか。もうHR終わったから、入っても大丈夫だと思うぞ」
「ありがとう……」
「いや。じゃあな」

手を振る代わりに、ちょうどいい位置にあるの頭の上に手を置きながらすれ違う。
いつもなら、じゃあね、と明るい声が返ってくる……はずなんだけど。

「し、志波くん!」

待っていたそれの変わりに帰ってきたのは、そんな言葉。
まだ出会ったばかりの頃によく聞いたような、少し緊張を含むその声に、オレは振り返る。

「……どうした?」
「あの、あのー、ね? その、実は志波くんを待ってたんだけど」
「オレ?」
「うん、そうなの……その、一緒に帰らない?かなぁ、なんて」

さっきまで精一杯上げていた顔を今度は下に向けて、は呟く。
目に入ったつむじは、オレが手を置いたせいで少し乱れている。

「かまわない。途中まででもいいか?」
「う、うん! もちろん!」

オレの返事にまたは顔を上げて、じゃあ行こう!と微笑んだ。
乱れたつむじとその仕草がまるで小動物みたいで、オレもつられて微笑む。



オレも無口だけど、もあんまり話す方じゃない。
ちょうど校門で会って一緒に帰ったことも何度かあったけど、と一緒の帰り道はいつも静かだ。
誰かと一緒の時に、沈黙が続くと気まずい雰囲気になったりするもんだけど。
はいつも、機嫌よさそうに口角を上げているから、オレも安心して黙っていられる。
だけど、今日はいつもと違う。

「どうした?」
「え?」
「……いや、なんか言いたそうだから、おまえ」
「あ、うん……」
「なんだ?」
「う、うん……」

隣のに目をやると、うつむいて、手を組む仕草。
なんだろう?
もじもじと手をすり合わせる仕草が少しもどかしかったけど、急かすことなく返事を待つ。
一歩、二歩と歩みを進めるうちに、どんどんと過ぎていく見慣れた景色。
季節は秋まっさかりで、街路樹から落ちた葉が、時折がさっと音を立てる。



そろそろ、いつもの分かれ道にたどり着く。
結局、が言いたそうにしていたことは、なんだったんだ?
もう一度だけ、話を促してみようかと息を吸い込んだ、その時だった。
風が吹いて、落ち葉が舞い上がる。
なんだか綺麗だ。そう、気をとられていると。

「し、志波くん!」

風に押されたように、が声を上げた。
振り向くと、彼女はやっぱり懸命に顔を上げて、オレを見ていた。

「なんだ?」
「その、あの……これ!」
「?」

差し出されたのは、が持っていた少し大きな紙袋。
首をかしげると、は息を吸い込み、微笑んだ。

「お、お誕生日! おめでとう、ござい、ます!」

思えば、今日、初めて言われた言葉。
オレは、返事も返せず立ち尽くす。



覚えていてくれた。
祝ってくれた。
そして、それを伝えてくれた。
嬉しくて。
顔がほころぶのを感じる。
少し照れくさくて、慌てて手で顔を覆う。

「……いいのか? サンキュ」
「ごめんね、大したものじゃないんだけど」
「見ていいか?」
「うん」

恥ずかしそうにうつむくの前で、オレは紙袋の包みに手をかける。
ライトブルーの包み紙を少しだけ開けてのぞくと、枕が見えた。

「枕か? ありがとう、使わせてもらう」
「誕生日に枕ってどうかなぁと思ったんだけど、志波くん寝るの好きかなぁと思って……」
「ああ、嬉しい」
「よかった……!」

サンキュ、ともう一度呟きながら、オレは懸命に上げられているの顔を見ていた。
こいつは、オレを怖がらないでくれる。
苦しそうなくらい顔を上げて、オレと向き合おうとしてくれる。
プレゼントも嬉しい。
でもそれ以上に、面と向かって言われた言葉の方が、何倍も嬉しい。
オレは確かに口下手で無愛想だけど。

「嬉しい。……ありがとな」

少しでもこの気持ちが伝わればいいと思って、もう一度、そう呟いた。



その日の夜、もらった枕を使って眠ると。
夢の中でも、懸命に、背伸びをして、顔を上げて、微笑む
のそんな仕草が、なんだか愛おしくてたまらない。

この気持ちは、なんだろう。

考えてみたけど、口下手なオレは、うまい言葉を見つけられなかった。
でも、来年の誕生日も。
あいつの背伸びする視線があれば、それだけで幸せかもしれない。

考えただけで顔が緩んで、参ったな、とオレはこっそり呟いた。






END






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