風もない、晴天の屋上。
私の手には、小ぶりの黒い紙袋。

そして目の前には、志波くん。

日差しは、容赦なく。
志波くんと私と、私の持つ紙袋を照らして。
光沢のある紙袋の黒が、ぴかぴか。

そして、志波くんも容赦なく。
私の手元をじっと見ている。
その視線に私の手は震えて。
やっぱり、光沢のある紙袋の黒が、ぴかぴか。

注がれるぴかぴかに、溶けてしまいそう。



…チョコじゃなくて、私が。






【ぴかぴか溶ける】






今日は2月14日、バレンタインデー。
寝不足の目に、まぶしい光が染みる。

大好きな志波くんに、チョコをあげたかった。
だから頑張りたかったし、一日くらい寝なくてもなんとかなるんじゃない?
…なんて。

でも、ちょっとだけ甘かったかな、と思う。
授業中は眠くてたまらなかったし。
それに。
作ったって言っても、どうせ溶かして固めただけ。
そりゃ、なめらかになるように、細かく刻んだり。
おいしくなるようにトッピングにもこだわったけど。
やっぱり、おいしいチョコを使えば、おいしく仕上がると思うんだよね。
苦労して作ろうが、楽して作ろうが。

どうせなら、クマのないもうちょっとましな顔で渡した方が。
ちょっとはかわいいとか思ってもらえるかなぁ、なんて…。
でも、それこそ元がものを言うから、あんまり変わらないのかもしれないけど。



さっきからこんなことを考えているのは、きっと緊張しているからだと思う。
頑張って作ったチョコレート。
昼休み、一人でいる志波くんを必死で探して、見つけて。
やっとの思いで差し出している。

「…これ、オレに、か?」
「う、うん…その、よければ…」

手だけじゃなくて、声も震えている。
寝不足のせいもあって、なんだかふわふわ。
自分がここにいるような、いないような。
目の前の志波くんの表情ばかりに意識がいって、
他のことは全然頭に入ってこない。

志波くんは、といえば。

さっきから、私の手をじっと見たまま。
驚いたように、少し目を見開いたように見えたけど。
その表情からは、喜んでいるのかどうかは読み取れない。




「ずいぶん立派なチョコだな…」

珍しいものを見るような目を、私の手元に向けたまま。
志波くんはぽつりと呟いた。

「そう、かな…」
「こんなのを、みんなにやってるのか?」
「あ、ううん、そうじゃないんだけど…」

どくん、と。
私の心臓が音を立てる。

昨日も、授業中も、渡す直前だってずっと不安に思っていた。
『本命か?』
って聞かれたら、どうしようって。

まさか、本命ですなんて言えないし。
でも、義理じゃない。
義理だとは思われたくないし。

「あの、ね、その……」

なんて言ったらいいものかと、私は言葉を探す。
志波くんはまだずっと、私の手元に視線を向けたままだ。

「その、ね?義理じゃないの」
「…え?」
「あ、ううん!!そうじゃなくて、あのね、えっと、」

「えっと、ね?その…うん、志波くんには、特別お世話になってるから」

だからね、これは特別なチョコで。
そう続けながら、私はどんどん早口になる。
そしてそれと一緒に、鼓動もどんどん早くなる。

「その、つまり、義理じゃないんだけど、気楽に受け取ってもらえたら嬉いんだけど、」
「…
「でも、その、なんていうか…」

だんだん自分でも何を言っているのか分からなくなって。
どうしようどうしようと、必死にまくしたてていたら。


「は、はい!」

志波くんがそう、私の名前を呼んだ。
その声に顔を上げると。
気づけば、志波くんの視線は、私の手元から顔に移されていて。
その表情は、ほのかに笑顔。

「…落ち着け」

そう小さく笑われて。
私の顔は真っ赤になった。
本当に、溶けてしまいそう。



…チョコじゃなくて、私が。



懸命に差し出していた手を少し引っ込めて。
私は呼吸を整えていた。
すると、志波くんは、私を見下ろして。

「ひとつ、聞いていいか?」

そう口を開いた。

「う、うん」
「つまり、このチョコは」
「……」
「…特別な、チョコなのか?」

緊張しながら。
溶けちゃいそう、と思いながら。

私は小さく頷いた。

その振動で、手元の黒い紙袋が、ぴかぴか。
チョコは、溶けてないかな。
大丈夫かな。
ドキドキを隠しながら、私は志波くんの反応を待った。

「なら、もらう」
「え…?」

顔を上げると、そこには少し照れくさそうに微笑む、大好きな顔。
そして差し出される、大きな手。
その大きな手は、私の頭に一度、ぽんっと止まって。
その後に、ぴかぴか輝く、紙袋を掴んだ。

「嬉しい。サンキュ」

その笑顔に。
私の緊張は一気に解けて。
涙が零れた。

「…え、?」

珍しく慌てた志波くんに、溶けちゃうかと思った、と呟くと。

「チョコが?」
「…わ、私が…」

そんなやりとりりして、顔を見合わせて笑った。
オレは少し溶けた、と。
志波くんが言うから、私はますます溶けちゃいそうだった。





さっきまで、私の手元にあった紙袋は。
志波くんの、手の中。
日差しが反射して、ぴかぴか。



ぴかぴか、輝いていた。





END





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※GS名物、友達以上恋人未満。はたから見れば両思い。