小さい頃。
木が裸になって、部屋の窓が白く曇って。
空気がいっそう冷たく澄んだ季節になると。
お母さんは、真っ白のミトンを出してくれた。

雪みたいに白くて、ふわふわで。
暖かい、優しいミトン。

あのミトンはもう、小さくなってしまって。
私の手は、今、はだかんぼ。





【白いミトン、はだかんぼの手】






それを見つけたのは、休日の雑貨屋だった。
店内は若い女の子でいっぱいで。
私の隣には、そわそわ落ち着かない志波くんがいた。

「あ、かわいい」
「……どれだ?」
「これ」

優しい色のマフラーやストールの隣に、ちょこんと。
まるで溶け忘れた雪のように下がっていたのは、白いミトン。
手に取るとふわふわして、まるで粉雪みたいだった。

「手袋か?」
「うん。でもほら、指がね、一緒に入るようになってるの。ミトンっていうんだよ」
「へえ。暖かそうだな」
「そうだね」

手にはめてみると、ふんわりと。
指先が包まれて、すぐにぽかぽかした。
あったかい、と言うと、志波くんはやっぱりちょっと落ち着かない様子のまま。
似合う、とこっそり笑ってくれた。



似合うから、と。
志波くんは、そのミトンを買ってプレゼントしてくれた。
白いミトンは。
濃紺のかわいい小鳥のシルエットがプリントされた、茶色い袋に入れられて。
今は私の鞄の中。

包まれたものって、どうしてこんなにわくわくするんだろう。
さっきから鞄の中からちらりとのぞく小鳥が気になって。
そわそわ、わくわく。
まるで、鞄の中に宝箱があるみたいに。

私は相当緩んだ顔をしていたみたいで、 志波くんは私を見て、よかったな、と笑った。
雑貨屋さんを出て、青空の下。
やっと落ち着いて背筋を伸ばすことができるようになった彼は、いっそう大きく見えた。

「小さい頃ね、同じようなミトンを持ってたの。白くて、ふわふわの」

志波くんは、静かに相槌を打つ。
私たちは並んで、公園通りを歩いた。

「手袋って、普通、5本指でしょ?」
「そうだな」
「でもさ、絶対にくっついてた方が暖かいと思うの、指」
「……どうだろうな」
「だってさ、こうやって、」

私は何もつけていないはだかんぼの手を、前に出して。
両手を合わせて、こすって見せた。

「寒いときって、ついこうやっちゃうでしょ?」
「ああ、やるな」
「やっぱりね、くっついてた方が暖かいんだと思うの」

こすり合わせた手に、はーっと息を吹きかけると。
志波くんはちょっと笑った。
おまえ、冷え性だもんな。と、呟きながら。



私たちは白い息を吐きながら、公園通りを端まで歩いた。
途中には、かわいいお店がいくつかあって。
私が目をとめるたび、志波くんは「寄るか?」と言ってくれたけど。
私は首を振った。
さっきみたいにまた、志波くんが縮こまっちゃうんじゃないかと思って。
やっぱり、志波くんは大きい方が好き。
日差しをさえぎるほどに、大きい方が。
もちろん、小さくたって好きになったと思うけど。

「ね、開けてもいいかな?」

私はもう、我慢できなくて。
公園のベンチに座るとすぐに、鞄の中の小鳥を取り出した。
中に入っているものは、分かっているのに。
嬉しくて、楽しくてたまらない。

「いいんじゃないか?」
「じゃあ、開けちゃお」

かさかさと音を立てる茶色い袋。
口にとまっている、やっぱり濃紺の小鳥のシールを丁寧にはがして。
ちらりとのぞくと、白いふわふわ。

「つけてもいい?」
「どうぞ」

私がいちいち確認するから。
隣に並んだ広い肩は、ゆれていた。
おかしい?と聞くと。
おもしろい、と言われた。

「あったかい」

手に、ぴったりとはまった白いミトン。
なつかしいような。
でも、初めてのような。
出してみても、やっぱり嬉しくて、楽しくて。
頬がもっと緩んだ。



ありがとう、とお礼を言いながら。
私はミトンをつけた手を、開いたり握ったり。
両手を合わせたりした。
そんなに嬉しいのか?と聞かれたから。
緩んだ頬のまま、頷いた。

「これで寒くないな」
「そうだね」
「…、冷え性だもんな」
「あはは、そうだね」

大学に行くときも、バイトに行くときも。
きっともう、指先は冷たくならない。
小さくなってしまった、前の大好きなミトンとそっくりの。
ふわふわで、真っ白なミトン。

眺めながら、その手を膝の上に置くと。
私の右手のミトンに伸びる、大きな手。
ミトン越しに触れたその手は、ちょっと冷たい。
寒くない?と、両手の白いふわふわで志波くんの手をこっそり包む。
志波くんはとても、優しい目をしてた。



ちょうど、ミトンが入っていた袋にとまっていたような。
一羽の小鳥が目の前から飛んでいったとき、
私の右手のミトンが、大きな手に引っ張られた。

「……貸せ」
「あ、つけてみる?小さいかもよ?」

私の手は、はだかになって。
白いふわふわは、志波くんの手の中。
つけるのかな?それは無理じゃないかな?と思って見ていたら。
志波くんは、それを右手に持ったまま。
左手で、私のはだかんぼの右手をきゅっと握った。

「本当に小さいな」

ミトンよりも、ちょっと冷たくて。
そしてずっと、ごつごつした手で。
私の指を、すっぽり包む。

「……小さいですか」
「……くっ、なんで敬語なんだ?」
「な、なんとなく?」
「そうか」

照れくさくて。
じっと、左手にはめたままのミトンを見ていた。
たまにこっそり、右手に絡んだ志波くんの大きな手と見比べながら。
次第に、私の手も、志波くんの手も暖かくなって。
やっぱり、くっついてたほうが暖かいかもな、と。
志波くんが呟いた。

真っ白のミトンも、ふわふわで、暖かくて大好きだけど。
ちょっと黒くて大きくて、ごつごつした志波くんの手は。
もっと好きかもしれない、と思った。





帰り道。
ミトン、大事に使うね、と言うと。
オレの手がないときにでも、使って下さい。
と、言われた。

「何で敬語なの?」
「……なんとなく」

ずっと上に方にある、志波くんの顔を見上げると。
赤かった。
もしかしたら、目の前の夕日よりも。

「……オレ、今、らしくないキザなこと言った気がする……」

真っ赤な顔のまま。
照れ隠しなのか、「……オレは、ミトンじゃなくてミットを使う」と、面白くない冗談を言った。
面白くなかったけど、嬉しかったから。
私は笑った。
きっと志波くんよりも、赤い顔で。
志波くんの手に包まれた指先を、少しだけ動かして、笑った。



左手に、ふわふわの白いミトン。
はだかんぼの右手には、大きな志波くんのごつごつした、でもとっても優しい。
ほっとするような、ぬくもりを感じて。

私たちは、夕日の中をゆっくり歩いた。

風は冷たかったけど。
手だけは、いつまでも。



ぽかぽか、あたたかかった。






END





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