半年に及ぶ、長いロケから帰ってきた俺を待っていたのは。

涙をいっぱいにためた、最愛の娘と。
笑いを堪える、明里だった。






【05 頭のてっぺんに小さな愛を】






わくわくしながら玄関を開けた瞬間すぐに、おかしいと思った。

3年前から、俺の帰りを迎える笑顔は2つ並ぶようになったのに。
今日俺を迎えた笑顔は、3年とちょっと前の1つに減っていた。

愛しい明里の隣にいるはずの…ちっちゃくてめちゃくちゃかわいいのが足りない。

「…あれ?」
「あ、あの子?それがね…」

きょろきょろと辺りを見回す俺を見て、明里は口を開くけど。
肝心なところで吹き出すから、訳が分からねえ。
なんなんだよ?と言いながら、明里に久しぶりのただいまのキスをすると。
奥の部屋にいるわよ、と笑いを含んだままの語調で言葉が返ってくる。



「おーい?どこだよ。父ちゃん帰ったぞ」

目と輪郭は俺に。鼻と口は明里に。
性格は、ちょっと短気なところを除くとめちゃくちゃ明里にそっくりな、ちっちゃくてすげーかわいいそいつは。
いつもなら、ただいまって言う前に、飛びついてくるのに。
久しぶりならなおさら、寝ても離れねえのに。
今日は姿が見えない。

明里の言ったとおりの奥の部屋へ向かったところで、やっと。
机と壁の間に小さく座る、そいつを見つけた。

「ただいま」
「……っ!!」

ぷいっ、と。
そっぽを向く、小さな影。
前に見たときよりも、また一回りでっかくなったみたいだ。
仕事で、どうしても。
俺が知らない間に成長しちまうのが、すげーもったいない。

「なんだよ、どうした?いつもみたいにさ、ホラ!」
「………」
「ぎゅーっ…って、してくれねえの?」
「………」

向けられた小さな背中を指でつつくと、くすぐったそうにわずかに身をよじるのが分かる。

「なー、顔見せてくれよー。会いたくて、めちゃくちゃ急いで帰ってきたんだぜ?」
「………やだ…」
「なんでだよー。今めちゃくちゃ寂しいぞ、俺」
「……やだもん…」



ヘコむ。
最愛の娘に、訳も分からずシカトされるなんて。
しかも、めちゃくちゃ久しぶりなんだぜ?
ただでさえ、一緒にいる時間が足りてねえのに。
…や、それがいけないのか?

「明里、俺のいない間に、俺なにかしたのか?」
「あはは、なぁに、それ?でも…ふふ、そうね、そういうことになるかしら?」

支離滅裂の質問に、明里がまた笑う。
なんだよ?
だからなんなんだよ?

「さっきまでね、2人で要さんのドラマ見てたの」
「ドラマ?どれのことだ?俺なんかやったっけ?」
「あの、本がベストセラーになったミステリーのやつよ」
「ミステリー…?」
「要さんがエリート会社員で犯人の…」
「……あぁ!!連ドラじゃなくてスペシャルのヤツ!!」
「そうそう、それ」

そのドラマは、去年若手の作家が書いたベストセラー小説をドラマ化したヤツで。
俺は、頭の切れる29歳の会社員で、ライバル企業のキーマンを殺す、犯人役だった。

「放映今日だったのか。…や、でも。つか、なんで?それでなんでこんなシカトとかされてんの?俺」
「そ、それがね…」



明里の話によれば。
2人はいつものように(録画予約してるのにもかかわらず)30分前からテレビの前でドラマが始まるのを待ち。
わくわくしながら、オープニングを迎え。
出てきた俺の久しぶりの姿に、喜んでいた、らしい。

だけど、それも束の間。

始まって5分で、すごい形相の俺が、力任せに灰皿で人を殴り。
返り血をぬぐい、ほくそ笑み。
警察を欺き。
仕事の同僚を陥れ。
最終的に追いつめられ、錯乱状態になって、自殺した。

3歳のアイツにとって、それはものすごい衝撃で。
ちょっと会わない間に、お父ちゃんがワルイヒトになったと、大泣きしたらしい。



「そ、そうか…アレはちょっと、刺激が強いー…のか」
「でもあの子、涙いっぱいにためて”ダメー”って叫びながら、最後まで見るって聞かないから…」

なんだか、かわいくてかわいくて。そう言って、明里はさっきのように笑う。

そうか。
だからアイツは涙をいっぱいにためてて、明里は笑ってるのか。

なんとかお許しをいただかなきゃな、と、さっきの部屋へ向かおうと立ち上がる。
すると。
数センチだけ細く開いた扉の隙間に、ちっちぇえ影が現れた。

「ホラ、おいで」
「………や…」
「だーいじょぶだから!アレは父ちゃんじゃないの」
「………」
「ホンモノはこっちだから、な?ホラ、来いよ」

いつもみたいに笑って、両手を広げるけど。
じーっと俺を見ているだけで、ちっとも動かない。
明里はというと。

「イヤっていいながら、気になって来ちゃうんだから」

と、またぷっと吹き出した。

「お父ちゃんいつ帰ってくるの?いつ帰ってくるの?って、今回も大変だったのよ」



「よし、そっちがその気ならー…」

俺は、一歩一歩近づく。
必死に睨み付ける、その幼い視線をたどるように。
ゆっくり、ゆっくり。両手を広げたまま。

「…覚悟はいいなぁ?」


3歩。


2歩。


…1歩。


「捕まえたぁ!」
「やー!!」

腕にすっぽり収まった大好きな愛しいそれの横腹を、俺はやんわりとつかむ。

「こちょばしてやるぞ、コノヤロ!!」
「き、きゃはっ!」
「父ちゃんの怖さ、思い知らせてやる!」

さっきまで、涙をためて必死に俺を威嚇していた目が、あっという間に笑顔に染まる。
少し舌っ足らずのか細い声で、笑いながら。
大きく身をよじらせながら。

俺の大好きな、笑顔になる。

「かわいいぞ!!コノヤロ!!」
「きゃー!!」
「ななっ、会いたかったんだろ?」
「うん、かえってくるの、まってたの!」
「じゃ、ホラ、いつもみたいに、ぎゅー…って。してくれんだろ?」
「ぎゅーっ!」
「おっし、じゃあお返しに、ぎゅーっ!」
「きゃはっ!」

やっと、足りなかったもう1つの笑顔と、ぎゅーっがもらえて。
やっぱ世界一の親子だな、と呟くと。
親バカなんだから、と、明里が後ろで笑った。



「でもね、おかあちゃんもずっとおしゃしんみてたんだよ」
「なっ、そ…!!」
「えっ、マジ?明里、俺の写真見てたの?」
「うん!まいにちみてたよ!!」
「そ、そんなこと…」
「うーわー…」
「な、なによ!」
「かわいいことすんのな。ま、俺も毎日お前らと一緒に撮った写真見てたけど」

じゃ、世界一の家族だな、と娘を抱き上げて、明里の方へ身体を向ける。



俺の腕の中の、小さい頭と、目の前のかわいい頭のてっぺんに小さな愛を落として。
もう一度、呟く。

「すっげぇ会いたかった…ただいま」



その後。
俺は穏やかでいい人っぽい役を、選んでやるようになった。

鈴原や事務所のヤツののため息は増えたけど。
大好きな笑顔に、嫌われないことが、一番重要。



…だろ?





END





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