気まずいわけじゃない、ただ、ちょっと不自然だな、と思う。
例えば、そう、並んで座っているのに、鞄2個分くらい空いている俺たちの間、だとか。
なんかな、ゴージャスにいるときは、もっとくっついて座ってた気すんだけどな。
でも、そうか、あれか。
ゴージャスのソファはぴったり2人がけに出来てるし、永久指名んなってからは、明里が待ってる席に俺が移動することが多かったから。
俺が後に座れば、こんな妙な間隔は開けねえってだけのことなのかもしれねえけど。
でも、それだけじゃない。なんか不自然な感じ。
あ、あとアレか。さっきから、微妙に続かない会話。
質問して、相槌打って…終わり。
話振られて、答えて、相槌打って…終わり。
なんっつーか、な。外で会ってたときは、もっと続いてた気がすんだけどな。
でも、それを感じているのに何一つ突っ込めねえ俺が、一番不自然だ、って言われたら返す言葉もねえけど。
【06 小さな手をたどたどしくどこに置くのか】
一回振られて、そしたらマジだったことに気がついて、なんかもう、好きで、好きで好きで好きで。
やっとのことで、俺の気持ちに頷いてくれた明里……が、今日初めて俺の部屋に来た。
呼んだのは俺。
外で食事、とか、カラオケとか、アフターを理由にホテル(ラブホじゃねえよ。プリアンニ)行ったりはしてたけど、
外野を気にしないで、たまにはとことんゆっくりしたかったからってのが理由だった。
つまりな、下心、みたいなもんはねえよ?
だから、こんな真昼間に呼んだわけだし。
…まあ、あわよくば、って気持ちはあるようなねえような、
いやいや、その辺は好きな女と一緒にいるわけだしいくらか多めに見てもらえれば、って感じなんですが。
でも、な?
でもそんなに分かりやすく緊張されると、俺も俺でどうしていいか分からなくなっちまうんです、
というのが、今の本音。口には出さねえけど。
「あー……コーヒーでも飲む?」
「あ、わ、私淹れます!」
「いやいや、ここ俺んちだし、俺やるぜ」
「え…え、でも」
「いいからいいから」
ほら、な?
こんなことだけで、腰を浮かしてオロオロして見せるもんだから、なんだかもう。
いきなり呼んじまって悪かったかな、とか、まだ外のほうが明里は気楽だったかな、とか、
俺は俺で、さっきからそんなことばっかり考えて、やっぱり不自然になっちまうわけです。
淹れてきたコーヒーを手渡したら、ふっと指先が触れて。
手だってもう何度も繋いでるし、キスだって、それ以上のことだってしてるのに、明里は顔を真っ赤にした。
コーヒーを飲み終わる頃には、明里がここに来てからもう1時間近く経っていたけど、やっぱり緊張は解けないまま。
テレビを消したり点けたり、音楽をかけてみたり止めてみたりしたけど、
そんなんじゃわずかな間すら埋まらなくて、どうしたもんかな、と首を捻る。
「うーん、と。なあ、明里」
「は、はい」
「…緊張、してるよな?」
「え?あ、あの…」
「いや、いーって、正直に。ってかもう、ほぼ確信してるし、俺」
「…はい」
「あー、やっぱ、そか」
「すみません」
謝らなくていいって。
告げると、明里は申し訳なさそうに視線を伏せた。
「やっぱ、部屋とか…悪かったかな」
「ち、違うんです!そうじゃなくて、その…」
「その?」
「なんていうか…」
言いあぐねる明里に話を促すように、俺は伏せられた視線を覗き込む。
心底困ったようなその顔に、ああ、やっぱ困らせてんのかな?と不安になりつつも、そんな顔もすげえ可愛くて。
やっぱり、あわよくば、と思っちまうけど、今はそれは保留。
「なんて、いうか…」
「うん」
「改めて、要さんってすごい人なんだなって、考えちゃうっていうか」
「は?すごい人?」
「げ、芸能人でみんなが知ってて、こんな広い部屋自分で借りてて…
なんていうのか、何話したらいいんだろう、とか、何をすればいいんだろう、とか、
私はものすごく平凡だから、どうしたらいいのか、良く分からなくて」
混乱したように、明里は言葉の最後のほうをまくし立てる。
何で今、そんなこと?とか、それとコレとどういう関係が…?と思ったけど、黙っておいた。
一呼吸置いた明里がまた、喋りだそうとしたから。
「そ、それに…いまさら、恥ずかしいんですけど」
「うん、何?言ってみ」
「その、付き合う、とか初めてで、なんか、色々分からなくて」
「…付き合うってどういうことすればいいのか、分からなくて」
ああ、そういうこと。それだったら、なんか分かる。
今まで自然にしてたことが、よく分からなくなるような、アレ。
昨日まではバカな話を普通してたのに、意識しはじめたら世間話すら浮かばなくなったり、
何気なく掴めた腕が、急に特別なものに見えて、触れてはいけないような気がしたり。
なんだっけ?
なんだっけな、この感じ。
何を見ていてもなんとなく明るく見えて、そわそわして、浮かれたみたいな気分になって。
些細なことで指先が臆病に震えたり、かと思ったら、無意識のうちに大胆に動いたり。
昨日までと違う世界にいるような、この感じ。
懐かしいような、初めてのようなその感覚は、少し気恥ずかしくて。
何よりも、すごく―――すごく、幸せ、っつーか。
「あー…のさ、居心地、ワリい?」
「そ、そんなこと!そういうんじゃなくて、その、あの…」
「…ドキドキする、とか?」
「はい…そっちのが、すごく近いです」
「喋ることとか、動き方とか、考えてるうちに混乱する、とか?」
「は、はい、そのとおりです…」
ああ、そっか、これは。
うん、だったら俺も同じ。
「あー、良かった…」
「あ、の?要さん?」
「いや、俺も、な?部屋に呼ぶのはちょっとアレだったかと心配したり…」
「え?」
「緊張させちまって、かわいそうなことしたかな、とか」
「は、はあ…」
「つまり俺も、緊張してるっつーか、もう随分前からしてたっつーか…なんか初恋みたい、だな、と」
「……いや、みたいっつーか、まあ、実際そうなんだけど」
誰かのことを考えて、考えすぎて、だから混乱する。
それはきっと、恋の、始まりだから。
「じゃあさ、明里の付き合うって、どういうイメージ?」
「え、それは…その、一緒に映画見に行ったり、買い物したり、旅行行ったり」
「ナルホド」
「あと、高校生の頃憧れたのは、自転車で一緒に帰ったり」
「うんうん」
俺が頷くと、明里は慌てて首を振る。
「で、でも!私と要さんじゃ基準が違うっていうか」
「え、そんなことねえだろ?」
「だって、要さんは自転車乗ったりしないだろうし…」
「そんなことねえよ?…あのなあ、俺なんかより、カズマとか彬とか、チヒロのがずっと特別だぜ?
生まれが違うっつーか。俺、すっげえ普通の家の子だし。この世界入るまで、ほんとその辺にいるがきんちょだったぜ?」
「そ、そうなんですか?」
「おう。もちろん今も、チャリ持ってるし……ってことで、じゃ、まあとりあえず、チャリでも乗りに行くか」
「え、あの、は?!」
「ほら、行くぞ」
混乱しながら。
俺たちは俺たちの方法で、恋を、始めればいい。
迷う明里の手を、俺は掴んで。
飛び出すみたいに、玄関の扉を開けた。
天気は快晴。
手を引いて、マンションの下まで降りたその場所で。
俺は先に自転車にまたがり、後ろに明里を促す。
「ど、どこにつかまったらいいですか?」
「どこでもいいぜ?好きなとこ掴まれって」
振り返って笑ったら、恥ずかしそうに、明里も笑った。
遠慮がちに座って、迷うようにゆらゆらと伸ばした、その小さな手を
君は、たどたどしく、どこに置くんだろう
焦れたように、もどかしくその温もりを待ってから
俺はペダルに置いた足先に、力を込める
ゆっくりと進んだ自転車が、徐々に加速するように
――俺たちは今、始まるんだ
好きなところ、そう言われた明里が、俺を抱きしめるみたいに背中から前に腕を回したから。
俺の全部が好きだって言われた気がして、すっげえ幸せだったのは、自惚れだと思うから黙っておいた。
END
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