背中のほう、確かに視線は感じるのに、振り返れば見ていなかったふり。
隣を歩くとき、掠めた手を捕まえてぎゅっと握れば、びくりと震える肩。
たまに、何かを言いたげに口を開くくせに、そこから出るのは言葉じゃない。
ごまかすみたいな、諦めるみたいな、笑顔。
違和感は、ずっとあった。
原因だってなんとなく分かっていた。
【08 怖くなったら逃げなさい・2】
何度目になるだろう。
俺から数十センチ右にある、小さな小さな手に、思い切って手を伸ばして。
ああ、またダメだったと、こぶしを作る。
今だけじゃない、最近ではもう“癖”のようになってしまった、俺の仕草。
手を繋ぎたいなんてそんな子どもじみた願望、今までは散々バカにしてきたわけだけど。
人生って本当、予想がつかない。
まるでディープインパクトみたいに突然ここに落ちてきた“恋心”は、世界をあっという間に変えていく。
手を繋ぎたい、とか。
抱きしめたい、ほっぺに触りたい、髪の毛を撫で繰り回したい。
笑った顔が、見たい…だとか。
恋愛はずっと、演じるものだと思っていた。
まさかこんな、たくさんの衝動と葛藤を繰り返すものだなんて。
知らなかった。想像も、つかなかった。
手を伸ばす。
瞬間、小さなあくびを覆い隠すみたいに動いた手。
(なんだよ…また、ダメじゃん)
ぶつかった小指のぬくもりが、切ないくらいに恋しくて。
なんだかどうしようもなく、不安な気持ちになった。
明里が俺を避けていることは、もうずっと前から分かっていた。
それは確かに、ばれないようにと隠されたほんの些細な変化だったから、最初は気づけずにいたのだけれど。
こうも視線が合わないと、こうも手が捕まらないと、さすがにおかしいな、とぴんと来てしまう。
そうでなくても、明里が俺を避ける原因なんて、思い当たりすぎるほど、な、わけだし。
俺だって思う。
誰が好き好んで、一度自分をだました男と付き合うか、と。
他に好きなやつができた、とか、そういうんじゃない。
最初から都合よく利用しただけだったと、そう言われた明里は、どんな気持ちだったのだろう。
避けたくもなる。俺のつけた傷はきっと浅くない。
一瞬なんだ。
傷つけるのはひゅっと息を吸うような、そんな一瞬の出来事。
でも、その傷を治すには、一体どれだけの時間が必要なんだろう。
「明里」
「んー、なに?」
「こっち、向けって」
「なに?」
どれだけ促してもこっちを向いてくれない明里に、うさんくさいけど、文字通り胸が痛くなったりして。
力技を知らないわけじゃない。
けれどそんなんじゃ解決しない。
きっとこれは、すげえ時間のかかること。
一生をかけて、ちょっとずつ、ちょっとずつ距離を埋めていくしかない。
前の俺なら、そんな根気は持ち合わせてねえって、きっと投げ出しただろうと思う。
けれど、今は違う。
どんだけかかっても、絶対にこっちを向かせよう、と思う。
向いてくれるまで待つなんてそんなの、今ここで明里と別れるくらいなら、たやすいことに思える。
それはきっと、我慢じゃない。
“本気”の衝動が生む、今までにはなかった俺なりの愛情。
「…分かった。いいよ」
俺がそう言うと、明里が身を縮めたのが分かった。
きっと明里は、俺の言葉を諦めと誤解したんだろう。
そんなわけねえのにって、抱きしめたい衝動をなんとか堪えて。
手を伸ばした。
視線は正面のまま、手だけを真横の明里に向かって、ゆっくり、ゆっくり差し出した。
「あの、要さん?」
「…本当は無理やりでもこっち向かせたいし、キスしたいし、抱きたい」
「あ、の…」
「けど、それじゃ意味ねえから。明里の意思がこっち向かないと、なんも意味、ねえから」
だから、と。
伸ばした手をひらひらさせる。
「明里が繋ぎたくなるまで、こっち見たくなるまで、待ってる」
「……」
「俺、意外と執念深いぜ?」
いつか、伝わったらいい。
明里が思っている以上、俺が明里を愛しているってこと。
そしてそれを知ったとき、明里がでっかい幸せを感じてくれる、ように。
ひゅっと吸った息を、深いところから全部吐き出せるように。
「めちゃくちゃ、好きだから」
薄っぺらに聞こえることなんて百も承知だけど、思いつく限りをつくして。
ずっと、ずっとそばにいよう。
だってもう、明里意外考えられない。
「だから、一生かかったとしても、待つよ」
俺の手に恐る恐る重なった明里の手は、やっぱり震えていたけれど。
「執念深いなんて、とっくに、知ってます」と笑って強がりを言ってくれたから。
そんな顔も言葉もやっぱり切ないけれど、俺は目一杯笑って見せた。
大丈夫だよ、と。
そう、柄にもない台詞を心に唱えながら。
合わない視線に向かって、思いっきり、笑って見せた。
END
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*ゲーム本編では2回目告白後がーっと怒涛の展開を迎える明里ちゃんと炎樹ですが、
その後のふとした瞬間、あの日の記憶がフラッシュバックして(もしかしたら…)と明里ちゃんは不安になる気がします。
炎樹はそれに対して取り繕おうと言葉と行動を必死に駆使しそうです。
でも、あの衝撃的な一件は、そんなもんじゃぬぐえない気がしてなりません。
…ということで、自分のしたことの重大さも明里ちゃんの不安も全部分かっている上で、待つ炎樹を書きたくて書きました。
明里ちゃんが不安がっているときに、笑って「好きだ」と言えるような器を、炎樹は持っているような気がしています。
全くの私の願望ですが、ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました!