ねえ、要?
私たちは、どこで何回キスを交わしたかな。
嬉しいキス。
暖かいキス。
安心するキス。
悲しいキス。
記憶をたどり始めると、キリがない。
本当に、もう何千回も色々なキスを交わしたね。
その一つ一つを、思い出すことはできないけど。
でも、これだけは自信を持って言える。
要のキス1つで、私はいつだって幸せな気持ちになれるんだよ…?
【18 いくつのキスを知っていますか】
「明里、開けるぞー?」
真っ白いドアの向こうから響く声は、私に幸せをくれる人のもの。
返事の変わりに立ち上がると、待ちきれないように静かに下がるドアノブ。
そして、その隙間からのぞく大好きな人の顔。
「…どうぞ?」
そのいたずらっ子のような視線を正面で受け止めて、微笑む。
すると、ドアは大きな音を立てて開かれ、それと同時に体に大きな衝撃。
「きゃっ……ちょっ、要!」
気がつくと、私の目の前は真っ白に染まり、体がぐっと締め付けられる。
次に感じたのは、要の匂い。
(ああ、抱きしめられてるんだ、私)
気がついて、抱き返す。それを合図に、要の腕は容赦なく私をぎゅうぎゅう締め付ける。
「やべえ、明里……すげえ綺麗」
「ふふ、惚れ直した?」
「ああ、いや……」
「??」
「惚れ直す余地なんかねえから……なんっつーか……心臓、焦げた?」
「ぷっ…ふふ、なにそれ」
「いや、マジで。焦がれるほど、綺麗」
「…んで、幸せ」
やっと離してくれた要に向き合うと、彼もまた、とても綺麗。
きらきらの髪の毛に、真っ白なタキシード。
「要も…素敵」
「そか?サンキュ」
「うん、すごく素敵」
時計に目をやり、そろそろかな、と呟く。
すると、要は少し赤い顔をして、口をあいたり閉じたりした。
「なあに?忘れ物?」
「うーん……あー、と」
「?」
「……えーと」
「キス、したいんだけど」
その言葉に、私はぷっと吹き出す。
何を今更。
いつもなら嫌がっても無理やりするくせに、なんで今日に限って迷っているんだろう?
「どうぞ?」
なんだか面白くて、目を閉じると。
やや間があって、おでこに柔らかい感触。
てっきり口に来ると思っていた私は、拍子抜けして彼を見る。
「…やっぱ、もったいねえから」
少しいたずらめいた仕草で、要は言葉を紡ぐ。
「誓いのキスは、一度だけ…だろ?」
少し目を細めて、私を見る。
待ってるから。
そう言って先に行ってしまった彼は今、バージンロードの先。
逆光に照らされたその姿は、影になってよく見えない。
一歩。
また一歩。
父に手を引かれ、要に近づく。
歩きながら、私は考えていた。
誓いのキスは、一度だけ。
今まで私たちは、いくつものキスを交わしてきたけれど。
これからするキスは、その中でも特別な。
私は要に。要は私に。
誓いを立てる、キス。
考えて、緊張する。
たった一回のキス。
…これで、私たちは結ばれる。
父の腕が離れて、要と並んで牧師さんの前に立つ。
目の前に下がるベールで、景色は全て白く輝いて見えた。
「病める時も、健やかなる時も、お互いを愛することを誓いますか?」
優しい、だけど厳かな、牧師さんの声。
「誓います」
そして、それに答える要の声。
「…誓います」
続く、私の声。
「では、誓いのキスを」
その言葉を合図に、私は要に向き直る。
やがて、ベールは要の手でゆっくりと上げられて。
かすんでいた景色は、途端に色を濃くする。
なんだか、生まれ変わったみたい。
そう思って瞳を上げると、そこには要の顔。
「……」
彼は何か言いたげに口を開いたけれど、少し考えたそぶりを見せてから、ゆっくり笑った。
「…言葉はいらねえな」
そう言って、笑った。
やがて、ゆっくりと要の顔は私の顔に近づいて。
初めての、誓いのキス。
たった一度の。
――大切な、キス。
緊張でガチガチだった私の体は、要に触れた瞬間、ふっと力が抜けた。
だって、ね?
要のキス一つで、私は幸せな気持ちになれる。
どんなキスでも、それだけで。
いつだって、幸せな気持ちになれるんだよ?
そのキスは、私が知ってるどのキスよりも、幸せで、暖かくて。
予想以上の幸福感に、熱いものがこみ上げた。
幸せに、涙があふれた。
これからも、私たちはいくつもキスを交わすだろう。
そのたび、私はいつだって、幸せな気分になるだろう。
要にもらった幸せの分だけ、私も要を幸せにしたい。
「…要、大好きよ」
式の終わった静かな教会で。
私はそっと、要にキスをする。
…私からの、たった一度の誓いのキスを。
12月24日、私は、綾織明里になる。
END
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