この世界で、一番。

尊いもの。
珍しいもの。
愛おしくて、愛おしくて。
透明で、暖かいもの。



それは。






【19 その言葉は誰へ飛んでいくのか】





事務所にある、応接用のどでかいソファに足を投げ出して。
頭を力任せにかきむしると、少し頭痛がした。

最近、飲みすぎかもしれない。
今日は控えとくべきだろうなと思いつつも、飲まないとやってられねえのも事実で。
飲まないでいることの辛さと二日酔いの辛さは、どっちが上なんだろう、なんて。
その頭痛の隅で考えていた。





「後悔が、先に出来たらいいのに」

ほぼ無意識に、そう呟くと。
背後で仕事をしている鈴原から、呆れた笑顔が返ってきた。

「炎樹、それは後悔って言わないわ」
「そうだけどよ」

明里にふられた。
いや、ウソ。
本当は俺がふった。

『…もう、話しかけたりしませんから』

さっきから、繰り返し思い出している台詞は。
去り際の明里が、俺に残したもの。
なんでだろうな、こんなに。
後悔するなんて、思ってもいなかったのに。



明里は俺にとって、道具で、遊びだった。
理沙と完全に切れるために、もってこいだと思ったし。
俺に興味がないと言い切った珍しい明里を、こっちに向かせるのも面白かった。

おもちゃがなくなっただけ。
道具が、壊れちまっただけ。
替えなんて、いくらでも効く…はずなのに。

なんだろう、この全部が空っぽになった感じ。
俺の持ってるものがなくなったんじゃなくて。
俺の一部がなくなった感じ。





「…なー、マネージャー」
「うん?」
「昨日、ゴージャスでさ、あいつ、笑ってた」
「…そう」
「笑って、飲んで、喋ってた」

「面白いですね、とか。飲みすぎですよ、とか」
「…うん」
「ふふって、笑ったり。たまにちょっと、あくびしたり」
「ふーん」
「誰だか分かんねえようなホストと、話したりしてた」

目をつぶると、浮かぶ情景に。
胸がきしんだ。
あの場所…ゴージャスの、明里の隣の席は、俺のだったのに。

数日前まで、明里の、言葉は。
明里の言葉は…。



「…俺に向かって飛んできたのにな」



もう、あの尊くて、珍しくて。
そして、愛おしくて、愛おしくて。
透明で暖かい、明里の言葉は。

俺には向かってこない。
俺の元には、飛んでこない。
…俺自身のせいで。



「炎樹?」
「うん?…や、なんでもねえよ」
「…そう」





この世界で、一番。

尊いもの。
珍しいもの。
愛おしくて、愛おしくて。
透明で、暖かいもの。
…それは。

『好き、です』

俺の偽者の言葉に、返してくれたあの言葉。
今の俺が、欲しくて欲しくてたまらないもの。



これから先。
もしかしたら、彼女のその言葉は誰かへ飛んでいくのだろうか。
俺じゃない、誰かに

考えたらまた、頭痛がした。
今すぐに明里を捕まえて、囲っちまいたいと思った。



諦めるなんて、出来ないんだ。
どう考えても…絶対に。



あいつはおもちゃじゃない。
俺は明里を、本気で好きなんだ。



「後悔が、先にできればいいのにな…本当に」





END





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※炎樹のあのハラワタが煮えくり返るスチルあたりのお話です。
 いや、明里ちゃんは話しかけないなんて言ってなかったと思いますが。
 そんくらい、言ってやったらよかったと思います。心底ムカつきますからね、あの炎樹。
 基本的に幸せなお話を書こうと思っているのですが、たまには苦しんだらいいと、突発的に思いました(酷い)!!
 それでももちろん愛おしいので、この炎樹も(悔しいですが)後に明里ちゃんとハッピーエンドを想定して書いています。