俺だって、嬉しいんだ。
俺の最初が、明里で埋まっていくこと。
俺の最初を、明里に知ってもらうこと。

そして、明里の最初を手に入れること。






【02 君の最初を手に入れた】






久しぶりの休日。
先週、明里が俺の車に乗ってみたいって言ったから、今日はドライブデート。

「要さん、本当に運転するんですね」
「うーわ、なんだソレ。もしかして俺を疑ってたわけ?」
「い、いえ、違いますけど」
「なに、俺って運転できなそう?」
「うーん、できなそうっていうか…しなそう…」
「へぇ、そういうイメージか。いーですよ、どうせ俺は傲慢な芸能人ですから」
「だかっ…! もう、それは謝ったじゃないですか!」

さっきから、隣でふくれる明里が可愛くてからかわずにはいられない。
だって、助手席がなんだか新鮮なんだ。

仕事の移動は人に任せっきりの俺は。
役作りに煮詰まったとき。
バラエティーばかりの仕事に、嫌気が差したとき。
そういうイライラしたときに、1人で高速をかっ飛ばす。
車は、そういう乗り方しかしてこなかったから。
隣に。
大好きな女がいるなんて、それだけでもう嬉しくてたまらない。



「どこ行く?」

なんなら、もっと。
もっと狭い車の方がよかったかなぁなんて頭の隅で考えながら、
信号待ちの間、ふくれる明里の頭を撫でる。

「……」
「機嫌直せって。どこでも連れてってやるから。あ、南極とかはナシな」

もう、明里はそんなに怒っていないことを知りつつも、俺は機嫌を取ってみせる。
なかなか忙しくて会えないから、こんな普通のやりとりすら、楽しくてたまらねえんだ。
不機嫌な顔のまま、赤い顔をして振り向く明里が小さく口を開く。

「じゃあ、北海道」
「ムリ」
「…北極」
「ぶほっ!ワリィ、それも無理。できれば関東圏で頼むわ」
「…じゃあ、要さんが生まれた町」
「え、俺が生まれた町?」
「…それもダメなんですか?」
「や、いいけど。でも、それって楽しいわけ?」
「はい。楽しいです」
「んじゃあ、連れてくけど…言っとくけど、かなり近いぞ」
「はい」

予想もしていなかった明里の答えに戸惑いつつ、俺は車を走らせる。

「本当に、すぐ着くぞ」



しばらくして、俺の生まれ育った町に入る。
下町みたいな、活気のあるところでもない。
だからといって、高級住宅街みたいに、綺麗なわけでもない。
なんの変哲もない、ただの住宅地。
ここが、俺の育った町だ。

「この辺だな。昔の俺のテリトリー」
「へぇ、静かな町ですね」
「そうだな、昔はもうちょっと人もいたけど。最近はなー」
「どうしてですか?」
「ちょうど俺が生まれた頃にできた新興住宅地だから。多分高齢化とか、そんな感じだろ」
「へぇ」

そんなたわいもない話をしながら、奥に入る。
次第に見慣れた風景が目に飛び込んでくるようになって、俺は少し速度を緩める。

「おー、懐かしい。あれ、俺の通ってた幼稚園。見えるか?」
「あ、あの緑の屋根の?」
「ああ、そうそう。よく脱走して、先生困らせてた」
「あはは、やんちゃだったんですね」
「そうだな。まぁ、今でもおとなしくはねぇけど」

ペンキさえ塗り替えられているものの、ほとんど配置のかわらない遊具を脇に見ながら、更に奥に進む。

「あっ、あれ小学校!なんだよ、体育館新しくなってんじゃねえか」
「わー、これですか?本当だ、新しい体育館ですね」
「俺んときなんてぼっろぼろだったんだぜ?うあー、なんか悔しいな」
「あはは、残念ですね」

きょろきょろしながら、なおかつ運転に気をつけてゆっくり進むと、見慣れない空き地が目に入る。

「お、ここ空き地になったのか。昔は文房具屋だったんだけどな」
「ここですか?」
「そうそう。…そうだ、ちょっと降りてみるか」
「え、いいんですか?ここ止めて」
「ちょっとなら大丈夫だろ。ほら、降りるぞ」

空き地に車を入れて、エンジンを切る。
きょろきょろしながら降りる明里を確認してから、俺は小学校へ足を進める。



「うわっ、小っせえ」

校庭に入って、鉄棒の低さにまず驚いた。
あのときあんなに高く感じた鉄棒は、まるでおもちゃのように小さかった。

「ほんとだ…小学校の鉄棒って、こんなに低かったんですね」
「見てみろよ、この一番低いの。こりゃ回れないだろ」
「あはは、本当だ、またげちゃいますね。ミニチュアみたい」
「なんか衝撃だな。こんなんだったなんて」
「そうですね。まぁ、それだけ私たちが大きくなったんですよ」

校庭を横切って、今度は校舎に近づく。
変わっていないと思っていたそこは、よく見ると壁が綺麗に塗り替えられていた。

「さすがに入れねえよな…うわ、机も小っせえ!」

窓からのぞくと、雑然と並べられた机と椅子が目に入った。
やっぱり思った以上に小さかったけど。
それでも、十分懐かしい感じがする。

「あっ、黒板!日直だって、要さん!すごいですよ」
「うーわ、日直!いつの話だよって感じだな」
「あはは、そうですね。学級日誌とか書くんですよね」
「あ、やっぱり?明里も書いた?どこも同じなんだな、そういうの」
「それはそうですよー」

そんな話をしながら。
明里と俺は、小さな事にいちいちさわぎながら、ぐるっと校舎の周りを一周する。
きっちり戸締まりがされているのに。
ちょっとのぞき見るだけで、懐かしい教室の匂いがする気がした。



「はぁ、なんだか私まで懐かしかったです」

車に戻ってきて、俺と明里は一息つく。
近くに見つけた自販機で買った缶コーヒーを、2人で飲みながら。
明里の穏やかな横顔につられて、少し落ち着いた頃、
俺はいつの間にか明里を引っ張り回していたことに気が付く。

「あー、なんか、さっきから俺ばっかはしゃいでるけど…こんなんで楽しいか?」
「はい、もちろん!私が行きたいって頼んだんですよ」
「そうだけどよ。俺にとっちゃ思い出の場所だけど、明里にとってはただの小学校、だろ?」
「そんなことないですよ」
「え?」
「要さんの通っていた小学校です。それだけでもう、ただの小学校じゃないですよ」

振り返り、微笑む。
明里は本当に、楽しそうな顔をしてくれていた。

「…そろそろ日が落ちるな。…なぁ、明里、とっておきの場所があるんだけど、行くか?」
「…とっておきの場所?」
「あぁ、俺だけの秘密の場所。夕日がすげーでっかく見えるの。綺麗だぜ」
「連れてって…くれるんですか?」
「もちろん!行こうぜ」

嬉しそうに微笑む明里のおでこに、小さくキスをして。
俺は再びハンドルを握った。



「着いたぞ」
「わぁ…」

俺の秘密の場所の高台に着いたときには、すでに日は傾いていた。

「きれいです…」
「だろ?色もでかさも強烈だけどよ、なんか落ち着くんだよな、ここから見る夕日」
「分かる、気がします」

夕日に照らされながら、遠くを見つめる明里の顔を見てから、視線を下にやる。
紅く、紅く光る町。
今日見た小学校の体育館が、校舎が、変わっていたように。
その1つ1つは、俺が知っているそれとは少しずつ違うんだろうけど、
ここから見える景色のよさは変わっていなかった。

ここは今でも、俺の一番落ち着ける場所。

そんな場所に、一番好きな明里といられることが幸せで、
俺は明里の手を手探りで探して、そっと握った。

「そもそもなんで、俺の生まれた町に来たいなんて言ったんだ?」

明里の横顔に、問いかける。

「…要さんの、最初を知りたかったんです」
「え?」
「どういうところで生まれて、どういうところで育ったか…そういうの、知りたかったんです」

明里は、紅く照らされた顔を、ゆっくりと俺に向ける。
キラキラして、綺麗だ。

「最近出会った私が手に入れられる、要さんの初めては限られてるから」
「……明里」
「せめて、初めてを知りたかったんです」

なんで、明里は。
こんなにも嬉しいことを、自然に言えるんだろう?
ありがとうとか、好きだとか、愛してるとか。
言葉は色々浮かんできたけど、明里の前ではどれも薄っぺらになる気がして。
俺はそっと、明里を抱き寄せて。
精一杯想いを込めて、その唇にキスを落とす。

「でも、得しちゃいました」
「なにが?」
「夕日。見せてくれたの、私が初めてなんですよね?」
「あぁ、そうだな」

要さんの最初、もらっちゃった、と、明里が顔をかしげて笑う。
でも。
きっと明里が思う以上に、俺の初めては着実に明里で埋まっていると思うんだけどな。

「ついでに言うとな、助手席も明里が初めてだぜ?」
「…えっ?」
「乗せたことねえんだ。誰も」
「…うそ……」
「ホント」

目を丸くする明里がかわいくて、俺は続ける。

「それに、本気で好きになったのも明里が初めて」
「そ、それは…前に聞きましたけど」
「あと、寝ねぇでずっと顔を見てたのも、明里が初めて」
「……要さ…」
「こうやって地元に連れてきたのも、本名を呼んで欲しいと思うのも、初めてを知って欲しいと思うのも…」

「全部、明里が初めてだ」

俺の言葉に、明里はうつむく。
顔が紅いのは、夕日のせいなのか、それとも違うのかはわからなかったけど。

「もちろん、こんなに愛しいと思うのも…明里だけだからな?」

真っ赤な顔で俺の名前を呼ぶ明里が、たまらなく愛おしかった。



帰りの車内、明里は満足げに鼻歌を歌っている。

「…そんなに楽しかったか?」
「えっ?」
「鼻歌。ご機嫌そうだからよ」
「あっ…き、聞こえました?」
「ったく、カワイイの」

明里があまりにも幸せそうな顔をするから。
俺の頬も緩みっぱなしだ。

「なぁ、せっかくだから、もう一個の”初めて”、行っとく?」
「もう一個…?」
「そう。俺の実家。寄ってく?俺の未来の嫁さんですって紹介するけど」

そう言って、ニヤリと視線を向けると、目に見えて明里がうろたえる。

「そ、そんな…ま、まだ心の準備が…」
「そか?まぁいいや。今の返事で十分」
「い、今の返事?」
「”まだ”って言ったよな?今。ってことは、そのうち来てくれるんだろ?」
「あっ!…も、もう…からかわないでください……」
「からかってねぇよ」
「え?え?」
「だから本気だっつの。いつでも来てくれよ」
「は、はい…」
「ちゃんと紹介したいからよ」
「……はい」



次第に、外の景色が日常のそれに変わっていく。
明里と俺が出会った街のネオンが遠くに見える。

俺たちの、始まりの街。

なぁ、明里。
俺だって、欲しいし、知りたい。
明里の初めて。

明里の、全て。

だから、次の休みには、明里の生まれた町に行かないか?



…明里の最初を、手に入れに。





END





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※本当は下町生まれの炎樹ってのもすごくいいと思ったんですけど、下町に詳しくないので…。
 無難に、どこでもありそうな住宅街や、団地っ子をイメージして書きました。
 (私はど田舎暮らしなので、変なところがあったらすみません。) 
 炎樹は、どこにいても男女問わず人気だったんじゃないかなと思います。
 お読み頂きまして、ありがとうございました!