【17 涙の香】
ずっと思っていた。
君が目を合わせなくなったから。
話をしていても、相槌しか打たなくなっていたから。
手繰り寄せるようにしてつないだ手さえ、解かれてしまうから。
「別れようか」
一瞬、君の目は驚いたように見開かれたけど。
でもすぐに、やっぱり、というそれに変わる。
…ああ、本当に終わりなんだ。
その表情に実感する。
嫌いになったわけじゃない。
君が何度も、苦しそうに呟く。
分かるよ。分かってるよ。
だから、君からさよならは言い出せなかった。
一緒にすごした時間は、短いようで長かったから。
君のことが知りたくて。
君を分かりたくて。
その長い時間、ずっと、君を思ってすごしてきたから。
君の考えることなんて、手に取るように分かるんだ。
もっと早く言ってあげられればよかったね。
涙を流す君を見て、心底そう思う。
ごめんね、本当に。
だけど、1分でも、1秒でも長く。
君を繋ぎとめておきたかったんだ。
決してもう、口にはしないけど。
それほど、まだ、君を愛しているんだ。
君の心に、誰かに対する新しい感情が、芽生えているとしても。
今でもまだ、離したくなくて、たまらないんだ。
君のためになにができるだろう。
愛してからずっと、考えていた。
だから告げた、別れの言葉。
きっと、これが最後。
最後に残った、君のためにできること。
ありがとう、幸せにね。
去っていく君に伝えようと用意していた言葉は、半分しか言えなかった。
だって、今でも思ってしまうんだ。
一緒に、歩んでいきたかった。
一緒に、幸せになりたかった。
だから誰かの隣で幸せになる君を、願うことはできない。
…心の狭い俺には、まだ。
出て行った君が残していったものは。
この部屋の合鍵と、贈った指輪。
思い出と呼ぶにはあまりにも近すぎる時間と、幸せな残像。
そして、しょっぱくて、少し辛い。
涙の香。
END
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