明里さんとキスするのが好きだ。





【舌の味】





休日。
大学の試験を明日に控えたおれは、日当たりのいいアパートの部屋で課題の本を読んでいた。

「明里さん、やっぱりどこか…行く?退屈、でしょ…」
台所には、今日3回目のコーヒーを入れてくれる明里さん。
本当は試験勉強なんか、一人のときにちゃんと終わらせてるのに。
会いたい、そう言ったおれに、明里さんは条件を出した
「だーめ!試験前日なんだから。ちゃんと勉強するなら雅也くんちに行くって約束だったでしょ?」
「そう、だけど…でも、大丈夫、だよ?」
「だめなの。ちゃんとお勉強して!」
意外と生真面目なところがある明里さんは、そう言って聞かない。
最近、実習が忙しくて、十分に会えていないのに。
こんなことに付き合わせるのは、なんだかすごく申し訳ない気がする。

とっくにチェックの終わっている本を、もう一度見返しながら明里さんの入れてくれたコーヒーを飲む。
少し苦い。
テーブルを挟んで向かいに座った彼女に目をやると、
彼女もまた、おれと色違いのコーヒーカップに口をつけて、呟いた。
「少し苦いね」
少し首をかしげるその仕草がすごくかわいくて、オレは思った。
……キスしたい。



おれは、明里さんとキスするのが好きだ。

テレビを見ながら、軽く触れるようにするキスも。
ケンカの仲直りのときにする、少し切ないキスも。
夜、ベットの中でする、深くて熱いキスも。

明里さんとキスするなら、どんなキスだって好きだ。



そんなことを考えると、今すぐにキスしたくなってくる。
でも、ダメだ…怒られる。
願望と戦いながら、本のページを読み進める。

そして、いつの間にか、本に集中して数十分後。
急に背中に重さを感じて、おれは驚いて振り返る。
そこには、文庫本を開いてオレに寄りかかる明里さん。
「…明里さん?」
「これくらいなら邪魔にならない、わよね?」
雅也くんがお勉強だから、私も珍しく字だけの本。
そう言って、明里さんはいたずらっ子のような目をして笑う。

さっきまで、スカスカだった背中が温かい。
そして、少し甘くて、いい匂い。

それに誘われるように、おれは、つい。
背中をずらして、明里さんの頬にキスをする。
そうなってくるともちろん、頬だけじゃとまらなくて。
思いっきり向きを変えて、唇にもキスを落とす。
数秒間の短いそれのあと、ふと香るのはりんごの香り。

「…明里さん…甘い、よ…?」
さっきまでコーヒー飲んでたのに…そう思って、おれは聞く。
すると明里さんは、
「コーヒー、苦かったから、アメなめちゃった…えへへ、何味でしょう?」
にっこり微笑んで、そう言った。

本当は分かってる。
この匂いも、味も。
そして明里さんの鞄からのぞいてる袋のりんごの柄も、見えている。
それでもおれは、わからないふりをする。

明里さんとするキスが、大好きだから。
何度も、明里さんとキスしたいから。

「…何味だろ……」

そう言って、オレは何度も口付ける。
ピンク色の唇を軽く噛んでみたり。
りんご味のアメが乗るそれを、自分の舌でつついてみたり。
角度を変えて、何度も何度も。
明里さんのりんごの味を確かめる。

「りんご、でしょ……正解?」
「……正解、です」

少し苦しそうに瞳を潤ませた明里さんがやんわり微笑んだのを見て。
オレはもう一度、キスをする。
そして、明里さんの舌の上にある味を、自分の口の中に転がした。

「……正解のご褒美、ちょうだい?」

だいぶ小さくなったアメを舌先にのせて、チラッと出してみせる。
すると、明里さんは困ったような顔をして、もう…と小さく呟いた。



明里さんのキスの味が好きだ。

初めての、少しお酒の香りがしたキスも。
仲直りの涙で、少ししょっぱいキスも。
今した、りんご味のキスも。

明里さんのキスなら、どんな味だって好きだ。

でも今、ずっとこうしてキスを続けているときっと明里さんは怒るだろうから。
「明里さん…今日泊まってって。明日のテスト、寝坊すると大変だから……」
おれは少しずるいいいわけで、明里さんを囲う。
「もう…じゃあ、今ちゃんと勉強するのよ?…甘えんぼなんだから」
その、彼女の答えに頷いて、もう一度本に向かう。

背中に暖かくてくすぐったいぬくもりを。
鼻先にりんごの香りを。
そして舌の先に、甘い幸せを。

感じながら、こっそり思う。



早く、明里さんの味を。
もっと深く、感じたい。



END





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