せっかく同じ部屋ん中にいるのに。

このビミョーな距離感が、妙に寂しい。





【01 君の隣】





リビングのソファに座って、どうでもいいバラエティーに目を向ける俺。
ダイニングの椅子に、少しぶーたれた顔で座る明里。
ケンカ…っつーか、冷戦っつーか。
…そんな感じ。



事の発端は本当にどうでもいいことなんだ。
今日の夕方、たまには一緒に夕飯を作ろうって事になって。
だから、近くのスーパーで材料を買って、部屋に戻って、一緒に料理を始めた。
で、よ?
明里が洗った皿を、俺が使う前に水でさっと流したんだ。
そしたら、急に怒り出した。

「わたしの洗い方が気にくわないんですか?」
「はっ?何が?」
「それ!なんでもう一回流すの?せっかく洗ったのに」
「え、俺流してた?」
「流してました。…っていうか、今日だけじゃない!いつもそうやって、お皿使う前に水で流すじゃないですか!!」
「あー…そうだっけ?」
「そうです!私はなんのために洗ってるのよ…」
「別に、そんなつもりねーけど…癖、なんじゃねえかなぁ?」
「そんなに私の洗い物が気にくわないなら、要さんはもう私の料理なんて食べなくていいです!」
「んなこと言ってねえじゃん。ただの癖だって。つか、なんでそんな怒ってんの?」
「…知らない…っ!」

…そんなに怒ることなのか?

俺は別に、そういうつもりでやったんじゃない。
本当に、癖で。
なんとなく、一連の流れでやっただけなんだ。

言いがかりつけられたのに、謝るのもシャクだし。
だからといって謝られる気配もねえし。
そんなこんなで30分。
キッチンには、あとルーを入れて煮込むだけだった、冷めかけのシチューと。
すっかり分離しちまった、作りかけのドレッシング。
腹減った…でも。
こっそり明里の方に目をやると、ため息混じりで頬をふくらませているから。
なんか、負けてたまるかっつー感じになってくんだよな。
食ったら負け、みたいな。

アメリカに来てから3ヶ月、考えてみりゃ、こういうのは初めてかもしれない。

俺たちが今までにしてきたケンカ?と言えば。
人前でキスしようとして、明里がヘソを曲げたとか。
撮影中に思わず素でいちゃついちまって、明里が困った顔をするとか。
映画のスタッフに明里の自慢話をしたことがばれて、呆れられるとか。
なんか、そういう”照れ”から来るもんだけだったと思う。

こんな風に、意地の張り合いになって。
突破口を見つけるのが難しいケンカは、初めてだ。





俺も明里も一歩も引かないまま、かれこれ1時間がすぎた。
さっきバラエティーだった番組は、いつの間にか連ドラに。
膝を抱えて体制を固めていた明里も、足を投げ出し始めた。

どうでもいいこと、なんだ。
こんなことで謝ってたまるかっつーくらい、どうでもいいこと。

でも、逆に考えれば。

なんでこんな事でこんなに意地になってんだろうな。
楽しく過ごすはずだった休日に、二人して腹空かせて。
…こんなに離れて。
よく考えれば、こんなに無駄な過ごし方はない。
今日は一晩中、明里の隣にくっついて過ごそうって、思ってたのに。

もう、いい…よな?

冷戦開始から1時間後、ようやく俺は折れることを決意した。



…が。



どうすればいいんだ?具体的に。
何事もなかったように話かけんのは、あまりにも不自然だし。
「俺が悪かった、ごめん」とか言っても。
この意地を張り合った状況じゃ、許してもらえないどころか、シカトの可能性だって捨てきれない。

頭をひねっていると。

―……ぐゥ…―

明里の方から、なんか音が聞こえてきた。

(腹の…虫?)

緊迫した空気に、不似合いな音に。
思わず俺は吹き出した。
「…わ、わりい……は、腹、減ったよな……」
「…〜っ!」
笑いを堪えようと手を口に当てつつ、ちらりと明里を振り返ると。
そこには真っ赤な表情で覇気無く睨む視線がある。
「飯、俺が作るから」
堪えきれない笑いをもらしながら。
俺はキッチンへ向かう。



本当に、バカみてえ。
腹の虫1つで、壊せる空気を。
二人して意地になって、ずっと張りつめていたわけだ。
キッチンに立ってそう思って、なんだか本格的におかしくなってくる。

「…ん…くっ…はは、ははは!!」
「か、要さん!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!ひどい!!」
「あは、ははは、わ、ワリ!そ、そうじゃなくて…は、ははは!!」
「もう…だってお腹減ったんだもん…」
「は、ははは!な、なんかよ、こんなことで二人してずっと怒ってたと思うと、おかしくて…はは!」

俺はキッチンのシンクの縁に、手をついて思いっきり笑う。
そして、その俺を見た明里も。
だんだんと表情を緩め、気が付くと声を出して笑っていた。
さっきまでこわばらせていた表情を、思いっきり緩めて。



「要さん、私も手伝います」
笑いも一段落ついたころ、明里は当初の予定通り、俺の隣にちょこんと立っていた。
「マジで?じゃあ、ドレッシングでも混ぜてて」
「はい!」
にっこり笑った後、その小さな手で器を持ち、作業を始める。

ああ、やっぱり。
せっかく同じ部屋にいるんだ。
もっと。
あんなに離れているよりも、もっと近くがいい。
手を伸ばせば、すぐに抱きしめられるくらい。
明里は、近くにいるのがいい。

そんなことを考えていたから、無意識のうちに。
俺は明里を抱きしめていたらしい。
俺の腕の中から、苦しそうな明里の声が聞こえる。

「…っ…なめさん!!こ、こぼれちゃう!ドレッシング!」
「いいって、んなの……それより、ごめん、な?意地はっちまって」
「あ…わ、私も悪かったし…いつも1人で家事やってると、イライラしちゃって、つい…ごめんなさい」
「そっか。だよな…無理矢理連れてきたのに、いつも1人にしてごめん」
「そんなこと…お、応援してますから、要さんのこと…」

ゆっくりと、抱きしめる腕を緩めて。
俺は小さくキスをした。
ごめんな、ありがとう、と。
小さく呟きながら。



きっと、これから先も。

またこんな下らないことでケンカしたり、意地張ったり。
でも、それでも。
ケンカしただけ仲直りして、明里の隣にいられたらいい。



どんなときでも、君の隣は、俺の場所。





END





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