「何怒ってんだ?」

そう言いながら、要さんは私の顔を覗き込む。
知らない。
私の怒ってる理由も気づかない要さんなんか、知らない。

「あーかりちゃーん?」

甘えた声を出したって。



…ダメ。



【15 腕の中(2)】



私の機嫌をとろうと、台所をうろうろする要さん。
何を話しかけられても無反応な私に、彼は手持ちぶさたのようで。

お料理を手伝ってるつもりなのか、意味なくお鍋の中をかき混ぜてみたり。
私のほっぺをつついてみたり。
どういうつもりなのか、後ろから抱き着いてみたり。(逆効果です)
…そんなことをオロオロと繰り返している。

なんで怒っているのかも分かっていないのに、機嫌をとろうとする要さんに私はイライラして。

「要さん、邪魔です」

思わずそう言うと、要さんは明らかにしょんぼりしてリビングのこたつに戻っていく。

(そんな顔したって許さないんだから)

甘えて見せれば、拗ねて見せれば許されるなんて思われたらイヤだもん。
イライラの収まらない私は、不機嫌な顔のまま、お料理を続けた。



しばらくして。
リビングの方から、またテレビの音が聞こえてきたなぁと思った頃。

「あかりー」

そう呼ばれて、リビングに目をやる。
…お茶がない。
私は自分の中で、何かが切れる音を聞いた。

(もうっ、ぜんっぜん分かってない!)

ガチャンと荒々しくおたまを置いて。
ずかずかと足音を立ててリビングへ向かって。
そして要さんをきっとにらんで、私は口を開く。

「もうっ、要さん!お茶なら自分でやってください!」

興奮気味の私を見て、要さんはニヤッと笑う。

「違えよ」
「じゃあなんなんですか?!ちゃんと言ってください!」

すると要さんは、ぽんぽんとひざをたたいてみせる。

「明里」
「…はっ?」
「だから、お茶じゃなくて明里が欲しいの」
「ちょっ、何言って…」
「いいから、ホラ」

…抵抗する間もなく。
気づくと腕を引っ張られて、私は要さんのひざの間にすっぽりと収められてしまった。



私の後ろで、要さんはコタツの布団を手繰り寄せる。
その布団が私の肩をすっぽり覆うと、彼はその腕を私の前に回す。

「ちょっと、要さん!お料理中!」
「火かかってんの?」
「と、止めてきましたけど…」
「じゃあいいじゃん。寒いだろ?」

後ろから抱きしめられるような形で、私は要さんとコタツの間に挟まれる。
耳にかかっているのは、多分要さんの息。
頬に当たるくすぐったいのは、要さんの髪の毛。
怒っていたはずなのに、私はそれだけでどきどきしてしまって。

(ち、力が抜ける…)

くすぐったさに身をよじりながら、大人しくするしかなかった。



…だから、要さんはずるいと思う。
強引だけど、でも力技とも違う。
たとえるなら、そうだな、テコの原理、みたいな。

力点は、要さん。
作用点は、私。
そして支点は、このコタツと…なにより要さんの暖かさ。

怒ってるのに。
甘えたくらいじゃ簡単に許さないって決めたのに。

「明里、ごめん、許して?」

私の勢いは、すっかり弱まってしまった。

(…いつも、こうなんだから。)

要さんは絶対、それを知っててやってると思う。

「なんで私が怒ってるか、分かって…」
「…るよ。モチロン。明里だって寒いよな」
「そ、それだけじゃないです!まだ怒ってるんですよ、私」

…こんな、真っ赤な顔で言われても説得力はないだろうけど。

「なんだよ?」
「…な、名前を呼ぶだけで、何でもしてくれると思わないで下さい…」

私は振り絞るように、声を出す。

「せめて、何が欲しいとか、何をして欲しいとか…ちゃんと言ってください」



私の上ずった声が、収まると。
要さんは頷きながら、私の体に回した腕に少しだけ力を加える。
そして、私の耳元で口を開き始めた。

「オッケー、分かった」
「…ほ、本当ですか?」
「うん、ごめんな?もうしない」
「絶対ですよ?」
「ああ、絶対」

じゃあ、私はお料理に戻ります、と言いかけたとき。
要さんはぐんっと、更に力を加えて、私を抱きしめる。

「ちょっと、要さん?!」

慌てて少し暴れるけれど、要さんはちっとも腕を緩めてくれない。

「さっき、ちゃんと言ったよな、俺」
「えっ?」
「明里が欲しい、って」

目の端で、にやりと彼が笑ったのが見えた。
そして、首筋に、柔らかくて暖かい感触。

「!!」
「ちゃんと言ったんだから、くれよ」
「か、なめさん…!!」
「仲直り、しよ?」

返事をする前に、私の口はふさがれてしまった。



きっと、要さんは知っている。
怒っていても、拗ねていても、呆れていても。
要さんの腕の中、私は彼の思うままになるしかないってこと。

「…やっぱり、要さんはずるい」

そう、小さく呟くと。
要さんは微笑んで、私を腕の中に閉じ込める。



でも、こんなにずるいのに。
…要さんの腕の中が、暖かくて、力強くて、とっても幸せだって事。
負けないように、これだけは、内緒にしておこう。
すでに揺らぎそうな決意を必死に固めながら、私は静かに目を閉じた。



大好きな、要さんの、腕の中。





END





>ラスエスお題
>Back to HOME