簡単なことなのに、分からなかったんだ。
俺の隣に、明里がいることの意味。
明里の隣に、俺がいることの意味。
考えなくたって、もうずっと前から知っていた。
俺はきっと、いつだって。
【08 飛び越える(後編)】
俺たちの脇を、幾人もの人が通り抜ける。
その視線は、冷たいもので。
通行の迷惑になっていることに、俺は気づいていないわけじゃないのに。
動く気に、なれなかった。
すがるみたいに明里に抱きついたまま。
離れたくなかった。
「あの…樫宮くん?」
「悪い、しばらく…」
このままでいさせてくれ、と、その先まで言葉にしたつもりだったのに。
俺の声はかすれて途切れた。
でも、明里はそのまま黙って。
俺の腕の中に、収まってくれていた。
なぜ、こんな道端で、抱きしめずにいられないのだろう。
何も言えないくせに。
まだ迷っているくせに。
なぜ、後悔すると分かっていて、一緒にいたいと思ってしまったのだろう。
なぜ、叶えてはいけないと知りながら、思いを告げてしまったのだろう。
なぜ、なぜ、なぜ。
繰り返すうちに、分かってしまった。
これは、本能だ。
俺の頭はストップをかけるのに、体がいうことをきかない。
気がつけば勝手に動いている。
そうだ、まるで、呼吸をするように。
食事をするように。
俺は無意識に明里を愛していて。
そして、全力で走った後に、水を求めるように。
明里が欲しくてたまらない。
明里のそばにいたくて、たまらないんだ。
「…離れる必要はない」
「でも…」
「離れたって、同じなんだ。きっと、何度でも」
「何度離れても、俺は明里を探す。どうしたって、離れられないんだ」
「…不安な思いをさせて、悪かった」
「ううん、そんなこと…」
「幸せにする」
「…え?」
「明里を、幸せにする」
「絶対に」
幸せになる資格なんか、ないけれど。
俺がつくってしまった罪は重いけれど。
だからこそ。
もう二度と、後悔はしたくない。
俺のすることで、誰かを…明里を。
傷つけたくない。
同じ後悔を、繰り返したくないんだ。
最後にもう一度、腕の中の明里をぎゅっと抱きしめて。
離した。
今度は、5年でできた数十センチの隙間を越えて、もっと近くで。
並んで歩くために。
「傍にいてくれ」
「…うん」
「…頼む」
「うん」
また、迷ってしまうんだろう。
どの道を選んでも、後悔してしまうんだろう。
でも。
それでも俺は、明里を幸せにする。
俺を許してくれた遥香の分まで。
できる限りをつくして。
そんな決意を、歩みに込めて。
俺たちはまた、休日の街中を歩き出す。
手を繋いで、ゆっくりと。
見えない隔たりを、飛び越える助走のように。
少しだけ戸惑いながら、でも、確かに。
――俺たちは二人並んで、長い長い道を、歩いていく――
END
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