甘い、甘い香りに誘われて、顔を寄せた。
でも、俺が欲しかったのは。



俺が、本当に欲しかったのは。





【マスカット kiss】





ずっと思っていた。
なんで、明里はこんなに甘い香りがするんだろうって。

さらさらの髪から香るのは、シャンプーなのかもしれないし、
服から香るのは、香水かもしれない。
繋いだ手に移る香りはハンドソープだと思うし、
差し出されたハンカチの香りは、アロマオイルだと思う。

でも、違うんだ。
なんか違う。
隣にいる明里からふっと香るものは、
そんな人工的な、誰からでもするもんじゃない感じがして。

ずっと、疑問だった。
明里の香りは、 どうしてこんなに甘いのかって。





待ちわびていた久しぶりの休日に、オレの部屋で二人。
並んで座ったら、やっぱり明里からは甘い香り。
その正体が知りたくて。
オレは読んでいた雑誌を片手に、明里に問いかける。

「……なあ、明里」
「うん?」
「なんかさ、甘い匂いすんだけど」
「え、なんだろ?」

くんくん、と、鼻を鳴らす明里の隣で。
オレも雑誌に目を向けたまま、くんくんと2、3度鼻を鳴らした。
それから。
オレは明里に、鼻を近づけた。髪から耳元、そして首筋。

「か、要さん?」
「絶対に明里だと思うんだけど」

言いながら、なおも明里に顔を寄せていると。
明里は少し身を避けながら、困ったように手を出したり引っ込めたりする。
そしてすぐに、「あっ」と声を上げた。

「なんだよ」
「アメ! アメなめてたんです、さっきまで」
「ふうん、じゃあそれかもな」
「マスカット味だから、香りも甘いですし」
「へー、マスカット」
「要さんも食べます?アメ」
「んー……そうだな。くれよ」
「ちょっと待ってて下さいね。えーっと、カバン……」

そう言って、明里は鞄をがさごそやり始めた。
オレは手に持っていた雑誌を下において、首を一ひねり。
鞄に手を突っ込んでる明里のわきで、もう一度くんくんと鼻をならした。



マスカット、か。
言われてみればそんなような、でもやっぱり違うような。
確かにそんな香りはするんだけど、それだけじゃねえんだよな。
そんなありきたりな香りじゃなくて、もっとこう、明里の香りっつーか。
明里の甘さっていうか……。



ボーっとその香りに浸っていると、目の前にずんっと手が差し出された。
その手のひらに乗っているのは、緑色の包み。
マスカット味の、小さなアメ。

「はい、どうぞ」
「サンキュー」

明里の笑顔に、オレは手を伸ばして。
そしてそのアメを受け取って、口に入れた。
すると、口の中に一気に甘さが広まる。

「おいしいですよね、このアメ」
「ああ、まあ……そうだな」
「要さん?」

確かに、甘い。
でも、やっぱり違うんだ。
これじゃない。
俺が欲しかった甘さは、こういうんじゃなくて。

「かなめさ……う、んんっ?!」

甘い、甘い香りに誘われて、顔を寄せた。
俺が感じていたのは。
俺が、本当に欲しかった甘さは。



やっぱり、どう考えても、明里自身の甘さだ。



唇を、合わせて。
舌に乗っていたアメを、明里の口にころんと転がす。

「ちょっと、要さん!? アメ欲しいんじゃなかったんですか?」
「だってよ、アメって、最後まで舐めてっと飽きんだもん」
「でも、だからって……! も、もう」

甘いの苦手なら、最初からやめて下さい!
明里の言葉にオレは笑った。

「好きだよ、甘いの」
「え、だって、アメ……」
「でもよ、もっと甘いほうが好きなんだよな」

最初から、俺が欲しかったのは、グリーンに光るアメなんかじゃなくって。
ピンクに艶めく、明里の唇。
なんで甘いのか分からねえけど、とにかくなによりも甘い、明里の味。

だからオレは、もう一度。
オレのと明里のを、そっと合わせて。
呆気にとられる彼女を、思いっきり抱きしめた。





「あい、ごちそーさん」





―――交わしたキスは、マスカットと。それはそれは甘い、明里の味。





END





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