10月29日。快晴。
今日は俺の誕生日。
こんな日くらい休みくれって事務所に頼んだけど、ダメだった。サイアク。
仕方ねえけど、20時まで仕事。今日はドラマ。
終わったら、もちろんアパートに直帰する予定。(アパートって、愛の巣だぜ。愛の巣)
巻いて行くぜ、俺。




10月29日。はれ。でもちょっと寒い。
今日は要さんの誕生日。
プレゼント何がいい?って聞いたら、旅行行きたいって言われたけど、
結局要さんはお仕事で、その話は流れた。
8時ころ終わって、夜9時時前には帰ってくるって。
ごちそう作って待ってる予定。
実は、プレゼントも最後の仕上げが残ってる。急がなきゃ。







【HAPPY HAPPY BIRTHDAY!】







16時。
収録現場に到着。
俺の上司役の大御所が来てないらしい。
なんだよー…おいおい、巻いて行こうぜ、オッサン。




16時30分。
夕ご飯の下ごしらえ中。
さっき冷蔵庫見てみたら、だし用こんぶがない!
今日は本格的な和食を作る予定。
こんぶ買ってこなきゃ、こんぶ。




17時。
結局オッサンは1時間も遅れてきやがった。
事故渋滞だと。迷惑極まりねえな。
重ねてサイアクなのが、渋滞でオッサンの機嫌がめちゃくちゃわりいこと。
おーい…頼むよ、ホント。
巻いていこう、巻いて…。




17時15分。
近くのスーパーに到着。
無事にこんぶ発見。よかった。
秋限定のマロンチョコも見つけたから、一つだけ買った。
要さんも食べるかな?




18時15分。
収録開始後、1時間ちょっと経過。
オッサン、まだ機嫌サイアク。
俺の機嫌も実はなかなかサイアク。




18時20分。
晩御飯の下ごしらえ完了。
あとは火を通して盛り付けるだけ。喜んでくれるかな?
要さんが帰ってくるまで、あと1時間半くらい。
そろそろプレゼント完成させなきゃ。
でも、手編みのマフラーって今時どうなの?
…要さんがどうしても欲しいっていうんだから仕方ないけど……。




18時45分。
オッサン、エキストラに切れる。
おい、今日の俺の運勢、何位だったよ?きっと下の方だろ?
めざましテレビ、もうちょっとちゃんと見てくんだった。




19時。
プレゼント最後の仕上げ中。肩こる…。
でも、もう完成間近!あとちょっと。
目、荒いけど大丈夫かな……あれ、何?これ?




20時5分。
今日最後の1シーン、どうしてもOKが出ない。
子役の子がオッサンにびびってるからだと思う。
仕方ねえ…ちょっと機嫌とってみっか。




20時25分。
気がついてしまった。なんだか中盤、編み目がとんでる…。
どうしよう、今からじゃ間に合わない。
こんなのプレゼントできるわけないし、もう、諦めるしかないの?
ここまで編んだのに…わたしって、バカ?




21時00分。
撮影終了。1時間も押しやがった。
オッサンの機嫌もなんとか持ち直したしオッケーだけど、俺としては全然オッケーじゃねえ。
早く帰んぞ。急げ急げ!
…って、え?なんだこのでけえケーキ!?




21時5分。
やけになって、マフラーを元の毛糸だまに戻してしまった。
なんだか泣けてくる。ほんと、何やってるのわたし…。




21時15分。
俺の目の前、「炎樹くんおめでとう」って、カバの柄のチョコレート板が乗ったケーキ。
17号だって。なんだそれ!でかっ!
スタッフが準備しててくれたらしい。
嬉しいぜ?嬉しいんだけど……正直、帰りずらくね?




21時30分。
要さんは帰ってこない。
もしかしたら撮影押してるのかな?
悪あがきだって分かってるけど、編みなおし始めてみる。
無理なのは分かってるんだけどね。




22時。
帰りずらいどころじゃねえ。
酒出したの誰だよ!
オッサン、マジでご機嫌。離してもらえねえんですけど…。




22時40分。
1から編みなおして、もう3分の1までたどり着けた!やった!
でも、あと3分の2…やっぱり無理だよね。
そういえば、熱中してて気づかなかったけど、さすがに要さん遅くないかな?
電話してみよう。




23時。
やっと開放。
鈴原が車乗っけてくれるって。いい奴!
携帯開いたら、不在着信1件。明里だった。
かけなおすより、帰ったほうが早いかな。




23時15分。
要さんが電話に出ない。
なんだか今度は、不安で涙出てきた。
まさか、何かあったんじゃないよね?




23時45分。
アパート前に到着。
急げ急げ!!






・・・・・・






「ただいまー」

玄関に靴を脱ぎ散らかして、部屋に駆け込んだ。
1分でも、1秒でも早く、明里に会いたい。

「明里ー?」
「要さん!お帰りなさい!」
「おう、ただいま。なんか今日に限って押しまくんの…サイアク」
「…良かった。心配してたのよ」
「ごめんな。でも良かったぜ!間に合った。セーフだろ?」

時計を見る。23時50分。
良かった、まだ29日。俺の、誕生日。

「夕飯、食べちゃった?私今日は頑張っ、て…って、あ!!」
「んあ?何?」
「……忘れてた」
「へ?」
「下ごしらえまでしたのに、マフラーに夢中でご飯の準備忘れてた…!」

明里があわてて、キッチンに走る。
ごめんねごめんね、と、顔を青くして。
リビングのテーブルに目をやると、なぜか編みかけのマフラー。
毛糸だまを手に取ると、明里がさっきの勢いのまま、走って戻ってくる。
そして、俺が持っていた毛糸だまを、奪って、後ろに隠す。

「…見た?」
「見たぜ。毛糸だろ?間に合わなかったのか?」
「…ごめんなさい」
「や、別にいいけど。どした?明里器用なのに。珍しいじゃん」
「途中で失敗してるの気がついて、さっきムキになってほどいちゃったの」

ごめんね、ごめんね、ともう一度。
何にもできて無くてごめんね。明里は目に涙をためている。
別に怒っちゃいねえんだけどな。
不謹慎でわりいけど、今の明里、めちゃくちゃかわいいし。

「と、とにかくごちそうはすぐにできるから!待ってて!」

涙をぬぐいながら、走っていく、その後姿。
捕まえて、抱きしめた。
だって、いいんだ、そんなの。



できれば旅行に行きたかった――でも、仕事は休めなくて。
早く、帰りたかった――そんなときに限って、撮影は長引いて。

予定通りになんか、進まなかった。何一つ。
でも、決めてたんだ、誕生日の初めと終わりは――。

今日の始まりと、今日の終わりは。
明里とキスをしよう、って。



不思議そうに、俺を見上げる明里の顔。
目じり、こぼれそうな涙を、親指で掬い取った。

「プレゼント、もう1こねだっていい?」
「…なに?」
「キス、さして」

頷くのを待たずに、ちゅ、と、唇を合わせた。
だって、危なかったんだ。
秒針、30日、10秒前。
どんなんでも、これだけは譲れねえ。



29日、23時59分。
俺たちはキスをした。
30秒の、長いキスになった。



「…お誕生日、おめでとうございました」



明里の一言で、俺の誕生日は幕を閉じる。
ごちゃごちゃの、あわただしい部屋の中。
それでも俺は、めちゃくちゃ幸せだった。





HAPPY HAPPY BIRTHDAY!






END





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