【オフホワイト】







最後に残ったコップの水を切って、水道の蛇口を閉めた。
洗い終えた食器の中には、3膳の箸。
深い緑色と、淡い桜色。そして、少し小さめの、黄色。
本当は青もあるけれど、それはまだ新品のまま、戸棚の中。

ふと、耳をそばだてる。
奥の部屋で遊んでいるはずの、深い緑色と黄色の箸の持ち主の声が聞こえない。

(……ずいぶん静かね)

不思議に思いながら、奥の部屋に向かう。
そして、わずかに開いた扉の隙間からそっと覗き見る。

(わ、寝てる)

そこには、ぬいぐるみを小さな手にしっかりと持ったまま眠る娘と、 その娘を抱きかかえるようにして眠る要さん。
横顔があまりにもそっくりで、私の血はいったいどこに行ってしまったんだろう、なんて考える。
大切に、まるで動物がわが子を外的から守るとき、みたいに、彼は娘をしっかりと包んでいる。

(この子が年頃になったら、要さん大変だろうなぁ……)

その様子が目に浮かんで、思わず苦笑した。






奥の寝室から毛布を持ってきて、眠る2人の上にかぶせた。
ふわふわのそれに、娘は鼻先をくすぐられたようで、小さくくしゃみを一つ。
すると、それに反応するみたいに、要さんがうっすらと目を開いた。

「あ、ごめんなさい、起こしちゃった?」

小声でそう呟いてみたけれど、要さんはぼーっとこちらに視線を送るだけ。
寝ぼけてるのかな?

「気にしないで、おやすみなさい」

毛布を整えて、笑ってみせた。
夢の中なのか、それとも現実にいるのか。
どちらともなく、要さんはとても柔らかく、ふわりと微笑を返してくれた。






2人で築き上げてきた日常は、こんなにも暖かい。
恋を始めたころ、違いすぎると不安だった私と要さんの間にも、
気づいてみれば暖かさや愛おしさが、溢れるほどに生まれて。

奇跡みたいに誕生した、一つの小さな命も、力強く、たくましく。
日に日に成長するその姿に、たまに2人で切なさを感じたりして、
でもその切なさすら喜びに変わるんだから、もう、向かうところ敵なしなのかもしれない。

そんなことを、要さんにぽろっとこぼしてみれば。
「明里の親バカ」と笑われるんだから、私だって、そっちこそ、と笑い返してやるんだ。






リビングに戻ろうと背を向けたとき。
ふと名前を呼ばれた気がして、振り返る。
そこには、少し身体を傾けて、大の字に腕を開く要さんがいた。

「……明里はここ」

やっぱり夢の中なのか、それとも現実にいるのか分からない笑顔で。
要さんは、娘がいる反対側の腕を動かしながら、そう呟いた。






もぞもぞと要さんの腕に頭をもたげて、眠りにつく。
目を閉じる間際、要さんは娘の方を向いて、あまりにも愛おしげにその頭を撫でていたから。

(悔しいから、ちょっと抱きついちゃえ)

娘にメロメロなのもいいけど、私だって、と、我ながら幼い嫉妬をしてしまう。


そして、また、一人、手ごわいライバルが。


棚にしまった新品の青い箸の持ち主が、私のおなかの中。
隣で眠る二人はまだ、その存在を知らないけれど。
小さな小さな、でもすぐにたくましく成長する、命が、確かに、ここに。

目が覚めたら、2人にどうやって知らせようか。
とびきりびっくりさせてやろうねと、未来のライバルにそっと手を当ててみた。











「……明里、男だなんて聞いてねーんだけど」
「そんな気はしてたんだけどね?」
「これじゃ、明里のライバルじゃなくて、オレのライバルじゃん」
「要さんに似てハンサムになりますように! ついでに、初恋はママでお願いします!」



「ぶほっ……! おいチビ、負けねえからな!」






END





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