【しろいろ】
よりによってこんなときに、と、考えながら寝返りを打つ。
目の前に現れるのは、ぼんやりと光を放つような壁の白。
少し視線をずらしながら周りを見ると、枕も、布団のカバーもカーテンも白くて、なんだか無性に切なくなった。
白は、彼の好きな色。
最近ではすっかり私も好きになってしまったから、普段は違和感なんて、全然持たないのに。
今日はバレンタイン。
でも昨日、私は要さんとケンカをした。いつもしてるような、どうでもいいケンカ。
でも、ちょっと違うのは、今回に限って要さんのイライラのほうが大きいってこと。
要さんの出ているドラマを見ながら、「どうせ私なんて」としつこく繰り返す私に、彼の堪忍袋の緒がとうとう切れたらしい。
いつもなら、カッカしている私に要さんが謝って、それでなあなあになって終わるのに、
今回ばかりは要さんも折れるつもりはないらしく、どうにも収集がつかなくなってしまった。
丸一日口をきかないなんて、きっと初めてなんじゃないかと思う。
こうなってくると、どうしたらいいか分からなくて、途方に暮れてしまう。
今更、だけど、後悔は雪のように積もっていく。
今日も仕事で遅い要さんを無視するみたいに、さっさとご飯を一人で済ませてしまったこととか。
お風呂のお湯を抜きっぱなしにしたこと、いつもの寝室じゃなくて客間のベットにもぐりこんでしまったこと、全部。
(こんなことをしちゃったら、謝るきっかけもないじゃない)
いつも折れてもらう側だった私は、いったん張って見せた意地をどうやって緩めたらいいか分かるはずもない。
皮肉な話だけれど、こうなって初めて、いつも要さんが私に対してどんなに優しくしてくれていたのか、気づいてしまう。
それは、何気ない会話の切り口だったり、強引なキスだったり、ちょっと情けない謝罪の一言だったり、色々だけど。
いつだって、仲直りの努力をしているのは要さんのほうだったんだ。
私は相当、甘えていた。
1時間とちょっと前、要さんが帰ってきたのを音で聞いた。
玄関の鍵が開いて閉まる音に続いて、居間の方から聞こえた電子レンジの音、
その後に聞こえたシャワーの音、そして今しがた聞いた隣の寝室の扉が閉まる音。
その音は、要さんはやっぱりまだ怒っていて、一人で今日一日を終えるつもりなんだってことを伝えていた。
実際に、隣の寝室からは、もう何も聞こえてこない。
寝てしまったんだろう。
あたり一面の白が私の視界ににじんで、このままじゃいけない、と思った。
こうして一人で泣いて、いじけてたらだめなんだ。
甘えてばかりじゃ、だめなんだ。
ベットサイドにおいていた、今日のために準備していたチョコを掴むと、私は要さんの寝室に向かう。
うじうじ考える前に、勢いでそのドアを開いた。
「要さん!」
「明里?」
要さんは寝てなんて、いなかった。
ベットに座って、私を見ている要さんが、そこにはいた。
「……どした? 俺ら、ケンカ中じゃなかったっけ」
「だって、」
「だって?」
「今日、は、バレンタインだから、チョコ……」
ぼろぼろ泣きながら、ラッピングした箱を差し出す。
入り口付近でそうしている私に、要さんは「こっちおいで」と手招きした。
私は、ゆっくり近づいた。
「ごめん…なさい…」
「ああ」
「いつも、本当に、ごめ…っ」
「……なら、さ。もう、どうせ、とか言うんじゃねーよ」
許すみたいに、要さんの手が私の頭を撫でた。
そして、その手がチョコへ移動した……と、思った、ら。
「え、わ、わっ」
「欲しいのは、チョコじゃねえ。明里なワケ」
「え、えっ?」
「俺が明里がいいって言ってんのに、どうせ、とか、すっげムカツクの。分かる?」
つかまれたのは、私の腕だった。
座ったままの要さんに、立ったままの私は引き寄せられる。
私の胸の辺りの高さから、要さんが私を見上げた。
「どうせ、じゃねえ。だから、なんだよ」
「あ、の……?」
「明里だから、だから欲しいんだよ」
チョコは後、と、今度はいつものベットサイドに置かれてしまったチョコ。
でも、それでも、いいんだ。
たまには素直に、欲しいといわれたものを差し出してもいいんじゃないか、と思う。
きっと、理由は同じ。
こんな日に、そばにいたいと思うのは、要さんだけ“だから”。
震えながら、初めて私がかがんで、彼に送ったキスが合図。
反転した視界には、彼の服の白がぼんやりと輝いていた。
彼の大好きな色に包まれて、やっぱり好きだなあ、と、思った。
――白も、彼も、やっぱり大好きだなあ、と、思った。
END
>ラスエス短編・連載
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