【firework】







「あれ、明里何見てんだ?」

一目惚れで買ったモダンなテーブルの上に置かれた、おいしいコーヒー。
左側には、大好きな明里。
何週間ぶりかのオフの日、俺は明里と俺のマンションで久しぶりのゆっくりとした時間を過ごしている。

「あ、情報誌ですよ。さっきここに来る途中、コンビニ寄って買ってきたんです」
「へぇ〜。ちょい見せて」

いつもなにかと動き回ってばっかだけど、こういう何気ない感じもいいなぁなんて思いながら、明里の手にもたれた雑誌をのぞき込む。
けれど、雑誌の内容なんか、本当はどうでも良くて。
…頬をかすめる明里の髪はいい匂い。
集中力は、全部そっちに使ってる。

「…ん?花火大会?」

このまま抱いちまおうかな、なんて腕を明里に回しかけたところで、ふと動きを止める。
開かれていた雑誌の1ページに、でかでかと輝く花火を見つけたから。

「はい。あそこの河川敷で毎年やってるんですよ。要さん、行ったことあります?」
「あー、ガキの頃、どこのやつだか分かんねえけど行ったことある気すんなぁ。最近は忙しくてそれどこじゃねえど。明里は?」
「私は毎年見に行ってますよ。薫とか、弟とかと一緒に」
「へぇ〜」

明里の手から雑誌を受け取り、ぱらぱらとページをめくった。

「花火か〜。うぉっ、なんか、懐かしいな」

色とりどりの花火や、出店。そして、浴衣。
…ん?浴衣?
頭の中に明里の浴衣姿が浮かんで、俺は口を開く。

「浴衣、明里も着んの?」
「き、着ませんよ!に、似合わないと思う…」
「そっか?ぜってー似合うと思うけど」
「…もう…そんなことないです」

なんでか、明里はこういう風に自信なさげなところがあるけど、雑誌に載ってるモデルなんかより、絶対似合う。
お世辞とか言えるタチじゃねえぜ、俺は。
あー…見てえな、明里の浴衣姿。

「なぁ、この花火大会、行ってみねえ?」
「えっ…?!な、何言ってるんですか?こんな人の多いところ…」
「だーいじょうぶだよ、逆にバレねえって」
「で、でも、要さん仕事…」
「この日、夜は空くし。次の日は昼過ぎからだったと思うから、だいじょぶだろ」
「本気…ですか?」
「あったりまえじゃん」

明里は眉間に小さなしわをよせて、本気で悩んでる。
…なんでだよ、いいじゃん。悩むことねえじゃん。
俺はいい匂いのする明里の髪の毛に唇を寄せて、耳元でお願いを繰り返す。

「ちょ…っと、要さん!くすぐった…」
「なんでだよ〜、いいじゃん、行こうぜ?」
「ひゃっ…!わ、分かりました、行きます!行きますから、離して…ね?」
「おっしゃ!」

離すどころか、身をよじる彼女を、俺はしっかりと抱きしめて。
花火大会の日を思い浮かべて、顔を緩めた。






約束の日。
俺は浴衣を着て、いつもの店で明里を待っていた。

「すみません要さん!電車混んでて遅刻…えっ?浴衣?」

少し遅れてついた明里は、俺を見るなり目を丸くする。

「おっ、明里!いいだろ?似合うだろ?こういうのは雰囲気だと思ってよ」
「す、すごく似合ってます…けど、大丈夫ですか?その、目立ちません…?」
「だーいじょうぶだよ、みんな俺じゃなくて花火見に行くんだぜ?」

そうですけど…と心配そうにうつむく明里を見る。
白い肌に、濃紺の浴衣。
予想以上に似合う浴衣姿に、俺は息をのむ。

「…ってか明里、やっぱ浴衣似合うじゃん!すっげーカワイイ」
「あ、あんまり見ないで下さい…」
「なんで?すっげいいのに。花火もだけどよ、それ以上に明里の浴衣姿、楽しみだったんだよなぁ」
「も、もう!い、いいですから行きましょう?ね!?」

俺の視線から逃げるように、明里はあわてて店を出る。
その後ろ姿のうなじに、しっかり見とれながら。
俺もその後を追うように、勘定を済ませ、2人で河川敷に向かった。




「だぁ〜…すっげぇ人だなぁ、オイ…」

着いたそこは、人、人、人。
まだ開始1時間以上前だっつーのに、すでに会場はいっぱいだった。

「そりゃ、花火大会ですもん。毎年こんな感じですよ?」
「なんつーか…俺、少しなめてたかもしんねぇな、花火大会」
「あはは、そうなんですか?とにかく、どこか座るとこ決めちゃいま…きゃっ」

きょろきょろと辺りを見回した明里に、中学生くらいの団体がぶつかる。
バランスを崩し、転びかけた明里を、俺はしっかりと支えた。

「うーわ、だいじょぶか?あっぶねぇなぁ…」
「だ、大丈夫です…」

セーフだったな、と2人で胸をなで下ろしていると、ぶつかった団体の1人がオレらに気づいて振り返る。

「すみません、大丈夫ですか……っえ?炎樹?!」

謝るなり、そいつは俺に気が付いて。
驚いたのか、大声で名前を叫びやがった。

「ちょっ…しっ!」

やべえと思って慌てて口を塞いだけど、そいつの声はしっかりと周囲に聞こえたようだった。
みるみるうちに、オレらの周りに人が集まる。

「うーわ…ちっくしょ、おい、明里!とりあえず走るぞ!」
「は、はい!」

手探りで明里の手を握って。
俺は精一杯人だかりから離れた。






「はぁ…はぁ…。…まいた、か?」
「っはぁ…はぁぁ……た、たぶん…」

何分くらい走っただろう?
必死に逃げた俺たちは、会場からだいぶ離れた建物の影にかくれていた。

「ごめんな、バレちまった…くそっ、だいじょぶだと思ったんだけどな」
「しょうがないですよ。とりあえず、逃げ切れましたし…」
「あ〜でも、ぜってー撮られた…また明里に迷惑かけるな。マジでごめん」

その場にしゃがんでうなだれていると。
視線を合わせるようにしゃがんだ明里は、くすりと笑った。「大丈夫です。もう慣れました」



「花火、始まるな」

携帯の時計を確認し、俺はため息をつく。
…見たかったんだけどな、2人で。
自分の仕事を嫌いだと思ったことはねぇけど、今はその不便さが憎い。
いっそ、今だけ透明人間になれたらいいのに、とガキ臭いことが思い浮かんで苦笑した。

「…要さん、このビルの外階段、登ってみません?」
「はっ?」
「屋上に出られたら、花火見えるかも、なんて…」

でもそんなことしちゃダメですよね、と明里は笑う。
そりゃ…ダメかもしんねぇ、けど。

「それ、いいじゃん!登ろうぜ!…ホラ、行くぞ」
「えっ、要さ…」

俺は明里の手を引いて、階段を上り始めた。
多分3階建てくらいだろう、それほどの高さはなくすぐに屋上に出られた。
少し弾む息をゆっくり整えながら、上を見る。

「おっ、見えそうじゃん」
「見えそうです、けど…いいんですか?勝手に入っちゃって」
「いいって、もう入っちゃったし。気にすんなよ、な?」

でも…という明里の小さな声に、心臓を着くような大きな音が重なる。

「「あっ!」」

とっさに天を仰ぐと、そこには大輪の花。
俺たちの真上に、キラキラと光る花火が打ち上がった。

「すっげー!!特等席じゃん」
「ホント…綺麗…」

赤、黄、緑…でっかい音とともに、次々にカラフルな花火が打ち上がる。
周りには、誰もいなくて。
俺と明里、2人だけ。
思わぬ幸運に、俺は明里の手を思いっきり握りしめる。

「いつもより少し高いところで見てるからですかね?花火が近い感じ…んっ?!」

俺に視線を落とした明里の唇を、とっさに塞ぐ。
花火ももちろん綺麗なんだけど。
知ってるか?俺の今日のメインは、最初から明里だってこと。
浴衣を着た、明里だってこと。

「…っはあ、要さん!」

苦しそうに息継ぎをした明里を、少しだけ解放してやる。
色とりどりの花火に照らされた明里の肌、すげー綺麗。

「さっきは本当に腹立ったけど。こうして明里と2人きりで見られるなら、こっちのほうが断然いいな」
「もう…要さ…んっ!」

深く、深く口ちづけて。
現れては消えるその花の下、俺は明里の存在を1つ1つ確認していく。



―花火と一緒に消えないように、きつく、抱きしめる。



「要さん、花火、見てました?」
「あ?見たたぜ?」
「…ウソつき……」
「ホント。ほら」

俺の指さした先には。
明里の濃紺の浴衣に描かれた、花火の柄。

「…もうっ!」
「はははっ、怒んなよ、明里」

頬をふくらます明里の横顔に、そっと手を添えて。
花火の終わった夜空の下、もう一度、キスをした。





END





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