明里はきっと、俺が思う以上に強いけど。
俺と付き合っていく中で、これ以上の我慢はさせたくない。
これ以上強くなんて、ならなくていい。
【強さと弱さ・2】
その日は、いつものように朝から晩まで仕事の日だった。
きっと今日も、帰るころにはくたくた。
時間的に、明里に電話もできねえだろうなぁなんて、カメラを睨みながら考えてた。
天気は晴れてて、風もおだやか。
今日も一日、無難に平和なんだろうな。
代わり映えのない日常に、少し不満を持ったりしてたのに。
ちょうど休憩中に入った、平和を切り裂く一本の電話。
俺の心臓を震え上がらせるような、そんな電話。
着信元は、ゴージャス。
告げられたのは、なぜか明里の名前と。
病院の名前だった。
仕事を途中で抜け出して向かった先で、俺が目にしたもの。
それは、頭に包帯を巻いた明里だった。
「明里?!」
「要さん?どうして…仕事は?」
「んなことはどうでもいんだよ!急にゴージャスから電話入って…なんなんだよ、どうしたんだ?」
乱れる息を整えつつ、俺は病室に入る。
電話で告げられたのは。
どっかの飲食店で、明里が3人組の女に囲まれ、頭に傷を負ったということ。
意識はあったけど、出血していたから念のため救急車で病院に運ばれたと言うこと。
そして。
3人組の女は、俺のファンだったということ。
「ちょっと…怪我しちゃって」
「ちょっとじゃねえだろ、見せてみろよ!…んな包帯巻いて…血出たんだろ?!」
「でも、ちょっとですから、大丈夫ですよ」
うっすらと微笑んで椅子に座る明里に近づいて、そっと包帯に触れる。
傷は見えないし出血の跡も見えないけれど、包帯の乾いた感触に、その奥にある傷の痛みを想像した。
俺の頭には、どんどん血が上っていく。
「俺のファンだったんだろ?」
「…えっ?」
「やったヤツ、俺のファンだったんだろ?!」
思わず怒鳴った俺を、明里の隣にいた薫ちゃんが俺を制止する。
「九神さん、ちょっと落ち着いて下さい」
落ち着けるかっつーの。
ゴージャスでの陰口には気が付いてたし、それに対してはできる限り波風立てねえように注意してきた。
俺が分かってたヤバそうな雑誌記者は、事務所に根回ししてある程度行動に制限つけてもらってた。
でも、最初は気にしていた明里が、最近はそういう話題に触れなくなったから、大丈夫なんだなって思ってたのに。
まさか。
まさか俺のせいで、俺の一番大事なもんが傷つくなんて。
「…ゴメン」
「えっ?」
「俺のせいだよな、ホントごめん」
すげえ腹が立つ。
明里は関係ねぇのに。俺の仕事と、明里は全然関係ねぇのに。
明里がいなくたって、俺がそいつらを選ぶ訳じゃない。
明里以外のヤツを、俺が選ぶはずがない。
明里を傷つけたそいつらが、憎い。
そしてなにより。
明里を守れなかった自分が、憎くてたまらない。
「薫ちゃん、悪い、ちょっと2人で話しても…いいか?」
「はい、もちろん」
「ありがと、薫ちゃん」
薫ちゃんが出て行った病室で、俺たちは向かい合う。
「傷…縫ったのか?」
「あ、はい。でも、2針ですから本当にちょっとですよ」
「…マジかよ…どこ?」
「この辺です」
明里が指し示した後頭部に、そっと手を伸ばす。
「…痛む、よな?」
「大したことないですよ」
そう言って、明里はまた微笑んでみせるけど。
俺の手に微かな振動が伝わって、明里が震えてることに気づいた。
ムリ、すんなよ。
俺の前で、ムリしたりすんな。
頭を揺らさないように、衝撃を与えないように、明里をそっと抱き寄せる。
「怖かったか?」
「…じ、実は、少し」
「ホントごめん」
「要さんのせいじゃないですってば」
「そいつら…今日いきなり?前触れとかあったのか?」
「分からないです…嫌がらせの手紙とかは、結構あったから…」
…。
…はっ?!
明里の言葉に驚いて、俺は明里から身体を離す。
「なんで言わねぇんだよ!!」
「だ、だって…本当にいたずら程度だったし…」
「や、それでも言えよ!こんなんなってからじゃ遅いだろ」
「…こんなになると思わなかったし」
「はぁー…んだよ…」
俺は深くため息をついて、近くにあった椅子に腰を落とす。
あれだけ、なんかあったら言えよって言ってたのに。
明里はずっと我慢してたのか?
イヤな手紙が来ても、ずっと黙って耐えてたのか…?
苛立ちで頭をかきむしり、俺はもう一度、明里に聞く。
「…なんでも言えって言ったろ?」
「ごめんなさい…」
「俺ってそんなに頼りねぇ?」
「そ、そうじゃなくて!…お仕事の邪魔とか、したくなかったし…」
「んなの気にすんなっつーの。俺の仕事のせいで明里がこんな目にあってんだから」
「はい…」
「頼むから…頼むから俺の前でムリしたりすんなよ。俺バカだからよ、言ってくれなきゃ分かんねえんだ」
「…ごめんなさい」
そう言って、明里はうつむく。
震える肩がやけに小さく見えて、俺はもう一度、明里をそっと抱き寄せた。
「…電話来たとき、マジ心臓止まるかと思った」
「お仕事中でしたよね?ごめんなさい」
「だから謝るなっつーの。薫ちゃんがゴージャスに電話してくれなきゃ、気づけなかったぜ」
「そうですね…」
もっと頻繁に会えれば、気づいてやることもできるかもしれないけど。
急に仕事を減らすことはできねぇから、どう時間をやりくりしても限界がある。
「24時間、側にいてえけどなぁ…やっぱそれはムリだし」
「それはそうですよ」
頭をひねって考え込む俺を見て、明里は少し呆れたように笑う。
いや、笑うとこじゃないだろ。
これからまたなんかあったらと思うだけで、背筋が凍る。
んー…と唸りながら考えて、俺は1つのことを思いついた。
「…そうだ!せめて俺の部屋で暮らすか?セキュリティーとか、明里んとこよりはいいと思うぜ」
「…えぇっ?!」
「そうだよ!なっ、そうしようぜ」
「本気ですか?!」
「あたり前じゃん。またなんかあったらやだし」
うーん…と唸る明里を更に強く抱きしめて。
俺は呟く。
「ごめんな、俺と付き合ってるせいで、こんな思いさせちまって。けど、絶対別れたくねぇから」
「……ありがとうございます」
「できる限り、守るから。…ここにいてくれよ」
「俺の側に、いてくれよ?」
数日後。
荷物をまとめた明里が俺の部屋に来て。
俺たちは一緒に暮らし始めることになった。
「でもよ、なんかあったら本当に言えよ?」
「分かってます!もう、心配性なんだから」
「いいか?どんな些細なことでもだぞ?」
「はいはい」
「…あー…言ってる側から心配だー…」
「もう…」
明里はきっと、俺が思う以上に強いけど。
俺と付き合っていく中で、これ以上の我慢はさせたくない。
これ以上強くなんて、ならなくていい。
荷物の整理を始める明里の背中を見て、そんなことを考える。
「なな、そんなの後でいいからよ、とりあえず…」
「ひゃっ、な、なんですか?」
「久しぶりなんだぜ?もっとすることあるんじゃねぇの?」
「…本当はそれが目的なんじゃないですか?」
「ぶほほ、ばれた?」
「…もう」
明里が、ずっと心から笑っていられるように。
全力で守ってやろうと、心に誓った。
END
>おしいれ
>Back to TOP