君を忘れられない。
【削除の方法】
家と大学との往復。
そして、家と病院との往復。
作上と別れてから、もう2年。
これが俺の日常。
ホストで得た、十分な治療費。
大学の単位も順調で、何かがあればすぐに病院に駆けつけられる。
俺が築き上げた、理想的な状況。
……けれど、不思議でたまらない。
朝も、昼も夜も。
遥香の笑顔を思い浮かべて。
遥香の声を頭の中で繰り返して。
あんなにも遥香の目覚めを願っていたはずなのに。
最近、元気な遥香の姿が思い出せない。
遥香の目覚めを、期待していないかのような自分がいる。
決意が揺らいだわけじゃない。
どうでもよくなったわけじゃないんだ。
ただ。
目覚めたとしても、このままだとしても。
俺は遥香の側にいるだけ。
そんな思いが、俺の気持ちを支配する。
病室で、遥香の白い顔を見ながら、俺はため息をついた。
「最低…だな」
義務だけでこいつの側にいるなんて。
自虐的な気分になったって、何も変わらないのに。
俺は拳を堅く握る。
爪があたった掌は、既に硬く、豆ができていた。
面会時間が終わり、俺は駅に向かう。
途中でふっと海の匂いを濃く感じ、それに誘われるように俺は海に出る。
そこで見たものは、今にも沈みきろうとする夕日と。
作上、だった。
「…あ………………」
とっさに声をかけようとして、ためらう。
ダメだ。
俺は、遥香の側にいると決めたんだ。
作上と話をできるようになるまでには、まだ時間が必要だ。
行かなくては、そう思いながらも、俺の足は棒のように動かない。
…作上の後ろ姿を、視界に捉えたまま。
この場所は。
俺と作上が初めてキスをした場所だ。
なぜ、あのときキスをしてしまったのだろう。
なぜ、営業と割り切ることができなかったのだろう。
なぜ、好きになってしまったのだろう。
なぜ、出会ってしまったのだろう。
どうして、君はここにいるのだろう。
君を、忘れることができない。
俺は携帯をとりだし、消せないままでいた彼女からのメールを開く。
“ごめん!あとちょっとで着きます”
“テレビ見てたよー。炎樹さんでてる!”
“気にしてないよ!また行こうね”
あふれ出してくる、あの頃の日常。
彼女への気持ち。
“大好きだよ”
喉の奥からこみ上げてくるなにかを感じて、俺はそれをぐっと飲み下す。
そしてきつく目を閉じて、削除のボタンに手をかける。
ピーッと、無機質な音がして。
彼女の言葉は消えた。
携帯を閉じて顔をあげると、そこに作上の姿はなかった。
でも。
目を閉じればそこに、作上の笑顔と、笑い声。
どうして、彼女を求める気持ちは消えないのだろう。
削除の方法が、分からない。
END
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