確かにオレはホストだけど。

誕生日は好きな子と2人で過ごしたいって思うよ?





【一番の…】





「万里、お誕生日おめでとう!」
「ありがとね〜」

8月12日。
オレは早めに開店したゴージャスの中を、慌ただしく動き回る。
今日はオレの誕生日。
毎年、この日ばかりは体力には自信があるオレも、ひいひいになる。

今日は、今年一番の稼ぎ時。
誕生月にNO.1になれなかったらホスト失格―この世界じゃよく聞く話だ。

でもまぁ、オレの場合は。
誕生日に頑張って売り上げても、その後試合の準備で長い休みをとったりするから、まだNO.1の経験はないわけだけど。
それでもやっぱり今日は頑張らなくちゃいけない。
他の月より売り上げが落ちるなんて事になると、生活の方がだいぶ危ないって事になっちゃうから。



気合いを入れて、お客さんに入れてもらったシャンパンを一気に飲み干す。

「万里、そろそろあっちのテーブルまわって」

黒服に耳打ちされて、オレは愛想をふりまいてから席を立つ。
今日は店内を何周しただろう?
面白いように上がる売り上げに嬉しい悲鳴をあげつつも、オレは気づかれないようにこっそりため息をつく。

―早く、帰りたい。

そう、オレには。
待っていてくれる大切な女の子がいる。



「お待たせ!ごめんね〜、すごい待たせちゃったよね?」

この子が彼女だったら、と思いながら、常連のお客さんの席に座る。

「ほんとだよ〜、すっごい待った!せっかくプレゼント持ってきたのにー」
「うそ?や〜、うれしいなぁ」

早速お客さんの手からプレゼントを受け取って、さも嬉しそうに包みを開ける。
さっきの人は、靴。
その前の人は、時計。
そしてこの人は…あ、また時計。

本当はプレゼントをくれるくらいなら、その分なにか入れてもらった方が売り上げにつながる。
…っていうか、プレゼントはあのコの以外はいらないんだけどなぁ…。
そんなことを考えながら、お客さんの耳元でお礼を囁く。
頬を染めたそのお客さんは、奮発するわとシャンパンタワーを頼んでくれる。

なんでもいいから、早く。
早く帰って彼女の笑顔が見たいと、オレは無理矢理にはしゃぎながら光るタワーを見つめた。






結局店が閉じたのは朝の7時。
裏に戻ったオレは、シャンパンでくらくらする頭をなんとか働かせて携帯を開く。

―Eメール 1件―

きっと彼女からだ。
はやる気持ちを抑えつつ、オレはメールを表示する。


   8月12日 AM0:01
   件名:HAPPY BIRTHDAY 祥行さん!

   本文:祥行さんお誕生日おめでとうございます。
       これから会えるのは分かってるけど、どうしても一番に伝えたくてメールしました。
       見るのは閉店の後かな?お仕事頑張って下さい。

                                         明里


「……あ〜…めちゃくちゃ嬉しい…」

靴よりも、時計よりも。
ケーキやシャンパンよりも。
彼女からの一通のメールが一番嬉しいなんて、去年までは思いもしなかった。
オレはそのメールに保護をかけて、帰り支度を始める。
1分でも1秒でも早く、待っていてくれる彼女に会いたくて。

「おい、万里!これ、俺らから」

裏から出たところで、先輩のホストに呼び止められる。

「えっ…うわ、ありがとうございます〜」

急いでるとはいえやっぱり嬉しくて、小振りの包みを受け取り、開けていいですか?と包みに手をかける。
すると、先輩ホストはオレの手を制す。

「ま、後で見ろよ。それより、店の外、早く行ったほうがいいんじゃねえ?すごいプレゼント用意されてたぜ」

先輩は少しいたずらめいた目をして、オレにそう告げる。
外…あぁ、確かに、誰かの誕生日の日は店の外に沢山の贈り物の花が飾られている。
お客さんを見送りながらちらちら確認はしたけど、まだちゃんと見てはいなかった。

「あ、花ですか?じゃあ…これ、本当にありがとうございます!お先に失礼します」

周りの従業員に挨拶しながら、先輩のプレゼントやお客さんからの沢山の贈り物を抱え、出口に向かう。
背後に、先輩の声を聞きながら。

「…ま、花っちゃ花か…」






通路に飾られている花の送り主を確認しつつ、オレは出口の扉を開ける。
瞬間もう昇っている太陽がしみて、目をしかめる。
朝だなぁ…。
次第に慣れてきたオレの目に入ったのは、店の外にあふれていた花と。
―ずっと会いたかった、彼女の姿。

「えっ…明里ちゃん…!?」
「あ、祥行さん、お疲れさまです」

確か、オレの家で待ってるって言ってたのに。
いるはずのない彼女の姿に、オレは驚いて歩み寄る。

「どうしたの?」
「…あの、少しでも早く会いたくて…ご、ごめんなさい、迷惑…ですよね」

明里ちゃんはオレをチラリと見て、目を泳がせる。

「そんなわけないよ!すっごく嬉しい」
「でも、あの、お客さんとか…大丈夫ですか?」
「うん、もう終わったからね。…あー、まさか迎えに来てくれるなんて…明里ちゃん、アリガトね」

頬を赤らめている彼女の小さな手を取り、オレは「行こう」と促す。
すると、彼女ははっとしたように、オレと逆側の手を後ろに隠す。

「…ん?」

なに?と聞こうと隠された手をのぞき込もうとすると、明里ちゃんはオレとつないでいた手を離し、ふっとかわす。

「な、なんでもないです!行きましょう!」

なんでもない…っていう様子ではない。
明らかに何か隠したんだけど…酒が残っている事もあって、オレは少し意地悪にしつこく彼女の後ろ側をのぞき込む。

「えっ?そっかなぁ、なんか隠したよね?なに?」
「なんでもないですってば!ね、祥行さん、行きましょう」

真っ赤になって必死に隠す彼女の腕をつかみ、オレは軽く力を入れて引き寄せる。
その時。
とうとう彼女の手から何かが落ちた。

「「あっ!」」

オレたちは同時に声を上げ、急いでその落ちた”モノ”を拾い上げようとする。
その勝負に勝ったのは―オレ。
拾い上げたそれは、深い蒼の紙で綺麗に包まれた小箱だった。

「…えっと…コレ、オレに?」

HAPPY BIRTHDAYとうっすらと印字されているその包みを見て、オレは尋ねる。
すると彼女は気まずそうにうつむき、小さく頷いた。

「うわ〜…すっごい嬉しい…アリガトね」

両手に持っていたプレゼント入りの紙袋を足下に置いて、小箱に両手を添える。
開けていい?と聞くと、なぜか彼女は「ダメ!」と首を振る。

「なんで?っていうかさ、どうして隠したりしたの?」
「だって…私のプレゼント…」

明里ちゃんは、言いにくそうに言葉を詰まらせ、視線をオレの足下に向ける。
オレの足下…つられるようにオレも視線を向けると、そこにはプレゼントの山。

そうか、もしかして。
お客さんからのプレゼントの山、気にしてるのかな?

「明里ちゃんのが一番嬉しいよ?」

うつむく彼女の頭に手を置き、オレはそう言う。
どんなモノより。
明里ちゃんのプレゼントが嬉しい。
明里ちゃんがここにいてくれることが嬉しい。

「でも…ものすごく安物です」
「関係ないよ。明里ちゃんからもらうから特別なんだ」
「……」
「開けていいよね?」

彼女が小さく頷いたのを確認して、オレは包みに手をかける。
包み紙を丁寧に開けたその中にあったのは…。
小さな小箱に入った、キーケースだった。

「・・・ありがとう、明里ちゃん。大事に使う」

嬉しくて笑いながら彼女を見ると、彼女はまだ真っ赤なまま、なぜか言い訳を始める。

「ほ、本当は、せめて一番に渡したかったんです。でも、お店に…」
「店には来ちゃダメだ」
「…って祥行さんが言うから…だから…プレゼントも情けないし、一番乗りも無理で…」
「十分嬉しいよ!」
「…でも……」

やっぱり一番に渡したかった、と彼女が小さく呟く。

確かにオレはホストだけど。
オレだって誕生日は好きな子と2人で過ごしたいって思うよ?
日付が変わる瞬間、明里ちゃんと一緒にいたかった。

でも。

「オレの仕事は…ホストだから。明里ちゃんが店に来ても、他のお客さんにも優しくしなきゃいけない」
「……」
「でも、明里ちゃんの目の前で、そういうことしたくないんだ。だから、店に来ちゃダメ」
「…分かってますけど…」
「それに、これは全部”万里”へのプレゼントだよ。”家常祥行”に一番にプレゼントを渡したのは明里ちゃん」
「……」
「万里じゃない俺自身におめでとうっていってくれたのも、明里ちゃんが一番だよ」

オレは彼女からのプレゼントを持ったまま、明里ちゃんを抱きしめる。
足下の紙袋が倒れたけど、気にならなかった。

「明里ちゃん、本当にありがとう」






今度こそオレたちは家に向かって歩き出す。
明里ちゃんは元気になったみたいだけど、まだ不満そうな顔をしている。

「明里ちゃん?まだ気にしてるの?」
「…はい、ちょっとだけ。だって、アルバイトじゃあんまりいいもの買えなかったから…」
「そんなことないでしょ」
「あります!だって、その紙袋の中、有名なブランドの包みばっかり…」

またしょげ始めてしまった彼女を見て、オレは腰をかがめる。
そして、彼女の耳元に口を寄せた。

「じゃあさ……明里ちゃんをちょうだい?」
「…なっ!!」
「お金じゃ買えない、オレが一番欲しいものなんだけど。…ダメ?」

オレの言葉に彼女はふくれて見せたけど―その後に。

照れくさそうに微笑んで、小さく頷いた。



誕生日はこれから。






END






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