【叶わないと知りつつも】




彼女のことなら、知りすぎるほど知っている。
好きな食べ物、好きな色。
それから、携帯の番号と、最寄り駅。
酔っ払ったときに手をもじもじさせる癖や、眠いときに瞬きが多くなることも。

そして。
君が誰を見ているか。
そう、彼女が好きな人も、オレは知っている。

「ねえ、万里さん」
「うん?」
「ホストの人も、お客さんと恋愛したりします?」
「うーん」
「お客さんのこと、好きになったりすることって、あるんですか…?」

ほどよく人の入ったゴージャスの店内で、隣に座る彼女にそんなことを聞かれて。
オレは首をかしげてみせた。
でも、本当はこんなこと、悩むまでもない。

するよ。
ホストだって、お客さんに惚れちゃうことだってある。

これだけ、一緒の時間を過ごして、たくさんの会話をして。
営業とか仕事とか、そんな風に割り切れるほど、人間は器用じゃない。
…少なくとも、オレは。

「…どうだろうね。人によるんじゃないかな」

曖昧に返事をしながら、オレは明里ちゃんの一挙一動に目を凝らした。
『じゃあ、万里さんは?』って聞いてくれたら、どんなに舞い上がれるだろう。
でも、オレはやっぱり知っているんだ。
そんな言葉、出てくるはずないって。

だって、彼女の視線の先には。
いつだって同じ奴。
悔しいくらいに、(まるでオレが明里ちゃんを見るみたいに)そいつに向けられる、彼女の熱い視線。

「そっか…そう、ですよね」

落胆の色に染まった声が聞こえた。
欲しい言葉が得られなかった彼女は、肩を落としている。
いつだったか苦手だと言っていた水割りに口をつけているのは、酔ってしまいたいからだろう。
その姿は、恋に悩む女の子そのものだった。





オレだったら、きっと。
こんな顔させないのにと思った。
ホストだろうと、ホストじゃなかろうと。
明里ちゃんだけを見て、明里ちゃんだけに惚れるのに。

明里ちゃんの視線の先にいる奴が、他の常連客の席に向かうのが見えた。
そんなあいつの姿を、明里ちゃんは寂しそうに見つめて、水割りをぐっと一口。
そして、辛そうに目をそらす。

「ねえ、明里ちゃん」
「はい」
「そのまま…そのまま、さ。あいつのこと、見るのやめちゃいなよ」
「え…?」

オレはゆっくり、明里ちゃんの目を、自分の手で覆い隠した。
彼女は驚いて小さくオレの名前を呼んで身を震わせる。

「もう、見せたくない。やめちゃいなよ……あんな奴」
「ま、万里さ…」
「見たくないよ…あいつのことを見てる明里ちゃんなんて」

オレは間もなく、手のひらに湿り気を感じた。
それは、オレの手を濡らす、彼女の涙だった。



「なあ、オレにしとけば?」



「…オレに、してよ……」



彼女のことなら、知りすぎるほど知っている。
だから。
オレは明里ちゃんの返事も、分かっていた。

彼女の言葉を塞いでしまいたくて、目から口へ手を滑らせた。
すると、あらわになった目から、すっと一筋涙がこぼれて。
綺麗だな、とオレは見とれた。





「オレはホストだけど…でも、明里ちゃんが大好きなんだ…」





END





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※「リライト」様よりお題お借りしました。
 お借りしたお題…組み込み課題:台詞「なあ、俺にしとけば?」 (お約束に従って、一人称の表記を変えさせていただきました)

 実は拍手お礼小ネタに準備していたものなのですが、お礼に悲恋な雰囲気はダメかなーと思ってこっちにアップ。
 たまに報われない雰囲気のものを求めてしまう。でも、この万里の恋が報われないとは限らないと思って書いてます。若い二人ですから。