が、俺のサボりスポットの屋上に来る日は、決まって晴天だ。
晴れているからここに来るのか、が来るから晴れるのか、どっちかは分かんねーけど。
(まあ普通に考えて、が来るから晴れるってことはないだろうけど。)
でも、そのおかげで、俺ののイメージはどこまでも高い青。



5時限目の屋上から見る、一番好きな色。







【眩しく見えるのは、こんなにも色が違うから】







その日の俺は、いつになく不機嫌だった。
前の日、丸井先輩とふざけてて水溜りに落とした携帯は見事にご臨終で、でも俺はそんなことはすっかり忘れていて。
朝は携帯のアラームで起きるくせに、代わりの目覚ましの用意なんか全く頭になくて寝過ごして、
朝練をサボった俺を待っていたのは、もちろん真田副部長の鉄拳だったから、俺の顔パンパンに腫れあがった。
いつものことながらどうしてこうも容赦ねえかなと、怒りを通り越してなんだか無性に悲しくなった。
そういう日に限って、「間違って買ってしまったのでどうぞ」とかって柳生先輩が炭酸のジュースを持ってくるから、
欲張って飲んだら口の中の傷にこれでもかってほど染みて、よく見たらジュースをくれたのは柳生先輩じゃなくて、柳生先輩の格好をした仁王先輩だった。
俺はしてやられたってわけだ。ますます面白くねえ。

だいたい、真田副部長は。
あの歳で、人を説教って理由で殴れるようになっちまうのは、どうなんだろ?
頬の内側の傷を舌で探りながら考えてみたけれど、バカらしいからやめた。
あの人は、大人になる前じゃなくて、もう大人なんだ。(っつーか、おっさんなんだ。)
そうでもなきゃ、いちいち俺のすることに「たるんどる!」なんて叫んで回るはずがない。
大体、たるんどるって何だよ。“どる”って。
10代の若者が言う言葉じゃねえだろ?ほんと、あの人は老けすぎてる。

屋上の入り口の上、苛立ちに頭をかきむしって、勢いをつけて寝転がった。
どこからか授業をする教師の声が聞こえてきたけれど、俺の目の前には真っ青な空が広がっている。
今日は、が来るかもしれない。
気に食わないことでぎっちり埋め尽くされてる頭の中、それだけがふわふわと漂っていた。





授業の終わりなのか始まりなのか、そして今が何時間目なのかも分からないチャイムで目が覚めた。
無意識にポケットに手を突っ込んで携帯を探って、気づく。

「…だから、壊れたんだっつーの」

時間の確認のしようもなくて、自分の足元の影を見てみた。
少し短くなりかけているところからすると、そろそろ昼だろうか。
そういえば腹が減ったかもしれない。
携帯をつかむはずだった空っぽの手をそのまま動かしてみると、小銭に当たった。
掴んで、取り出す。23円。

「食いもんどころか、飲みもんも買えねえー…」

教室に戻れば母ちゃんの作った弁当があることはあきらかだったけど、取りに行くのがなんだか無性にめんどくさい。
まあ死ぬわけじゃねえし、と、空腹もそこそこにまた寝転がってみる。
途端、背中の下で扉の動く音と同時に振動を感じて、俺の耳はピクリと反応した。
来た。だ。

「きりはらー」
「…よ〜っす」

口で、というよりむしろ鼻で返事をすると、視界の端に、の手が見えた。
俺のいる場所に上ろうとしているみたいだけど、
腕力や脚力が足んねえのか、それとも身長が足んねえのか、やたらとじたばたしている。(まあ、いつものことだ。)
俺は寝転がったまま、なんとなくぼんやりとそれを見ていた。

「きーりーはーら!ちょっと、見てないで助けてよっ」
「がんばれー。俺、腹減って動けねえんだわ」
「薄情!満腹でも助けてくんないくせに」
「大丈夫、それでもアンタ、いっつも上ってくんだから」
「今日は状況が違うの…よっ!」

はなぜだか手を出したり引っ込めたりしながら、なおもバタついていた。
確かに、いつもより調子がわりーみたいだ。

「あ、もしかしてアノ日?」
「ばっ、バカ!そんなこと言って、後悔すんのは切原なんだから!」
「何だよ」
「弁当!…もうっ、切原の弁当どんだけ入ってるのよ、でかいし、重っ…いしっ!」
「弁当?!バカ、それを早く言え」

慌てて起き上がって、を見おろすと、確かに腕には俺の弁当が下がってる。
「ギリギリ届かないから受け取って」と伸ばされた腕から、2個の弁当を受け取った。俺のと、の。
ついでだからコイツも引っ張り上げてやるかな、と手を差し出しかけたけど、は2、3度バタついてから、一人で身を持ち上げることに成功した。
…なんだよ。宙ぶらりんになった、俺の手の行き所がねえ。
誤魔化しがてら、なんとなく目線のちょっと下にある額に、「サンキュー」とデコピンをした。
その後、予想通り「何すんの」と、睨むような上目の視線と目が合った。





拝んで拝んで。
やっとから弁当を受け取ると、そのままかぶりつくみたいにふたをとった。
今日はなんだ?なんて、見ることもなく胃の中にかき込む。

「…すごい食べっぷり」
「んうあ?」
「ねえ切原、今何食べた?」
「分かんね」
「…だろうと思った」
「んだ?ヘンな奴。分かってんなら聞くなよ」

そう言いながらなおも食い続けていると、隣から「いや、念のため」とわけ分かんねえ返事が聞こえた。
横目で見れば、はこれから弁当を開けるとこだった。
律儀にも、箸を持って手を合わせて「いただきます」と呟いてる。
作った奴もいねえのに、誰に言ってんだ?こいつは。

「アンタのは?何?」

口をもごもご動かしながら聞くと、は「えーっと」なんてのんきな声を上げながら弁当の中身を確認した。

「から揚げと、ミニトマトと、きゅうり。あと、卵焼き」
「おっ、うまそう。くれよ」
「や、なんでよ。なんで切原が私の弁当食べんのよ」
「足んねーんだよ、これっぽっちじゃ」

体と一緒に箸を伸ばすと、は身をよじって俺を避けた。
俺は意地んなって、空になった自分の弁当を足元に放って(の弁当)を追う。
肩越しに箸を伸ばして卵焼きを奪えば、は大袈裟に「あーっ」と声を上げた。
が振り返るより早くそれを頬張ると、今日何度目かの恨みがましい視線と目が合う。
いいじゃんか、卵焼き1つくらい。どこまで食い意地の張ってんだ、こいつ。

「ちょっと!よりによって卵焼き!」
「は?」
「あー…もう、だいすきなのに…」
「ヘヘ、わりぃな」
「最低。食べる気失せる…どうせ食べるならきゅうりとかにしてよ」
「きゅうり食って何が楽しいんだよ。俺はコオロギか」
「…ね、今、世界中のきゅうり農家が切原の敵に回ったよ」
「なんだそれ。っていうかその前に、だってきゅうりいらねーみたいなこと言ってんじゃん」

俺が言うと、は「そういうつもりじゃないもん」と、言い訳にすらなってねえ返事をした。
そして、ものすごく不満そうにきゅうりをかじる。
ぽりっと音が響くと美味そうに見えるから不思議だ。

、きゅうり嫌い?」
「……うーん。あんまり好きじゃない、苦手」
「それ、嫌いってことじゃねーの?」
「…きゅうり農家に悪いでしょ」

は、小さくなったきゅうりのかけらを、口に放り込んで。
ちっとも美味くなさそうに、飲み込んだ。
その姿はなんだか親に怒られて野菜を食うガキみたいで、思わず俺は笑った。

「はは、いいじゃん、別に。嫌いなもん嫌いって言ったって」
「切原はそういう奴よね」
「まあな。でも、アンタだって、ここでくらい本音でいいじゃん」

「ここには、俺とお前しかいねえんだから」

そう言って、フォークを持ったまま俺をぽかんと見ているに、もう1回デコピンした。
そして、付け足す。「きゅうり農家には聞こえねえよ」
デコを押さえたは、フォークを置いた。
そして小さく口を開く。「嫌い」、と。

「実はね、私、きゅうり嫌いなの」
「へえ」
「切原は?」
「俺は野菜全般嫌いだもん」
「栄養偏るよ」
「うるせーよ」

俺たちは、顔を見合わせて、にやりと笑った。
それを合図にするみたいに、は話し始めた。

「公民の甲野先生も嫌い」
「あ、俺も俺も。当てられて答えられねーと、“やる気あんのか?”って聞くよな。あれムカツク」
「だよね、あるって答えると、“じゃあ予習くらいしてくるよな?”って言うよね」
「だよなー!思い出すだけでムカツク」
「あと、英語の単語発音用のCDの声、腹立つ」
「ああ、あの妙に鼻にかかった声な。笑えるじゃん」
「そう?聞いてると、無性にイライラする」
「まあ、俺は英語の時間は、分かんなくて常に腹立ってるぜ」
「あはは。でも、あのCD流れてる間は、ボーっとできるから好き」
「ああ、寝れるよな」
「切原はいつも寝てるじゃん」
「うるせーよ。だって、この前の科学のビデオ鑑賞んとき寝てたじゃん」
「だって、眠かったんだもん」

俺たちは、繰り返す。
好き、嫌い。好き、嫌い。
は笑った。すっきりするね、と。
そして、なんだか喋ってたらお腹がいっぱいになった、とめちゃくちゃなことを言って弁当を閉じた。

「アンタは、思ったこと腹ん中溜めすぎなんだよ」
「そうかな」
「教室にいる、すげえ窮屈そう」
「うーん…切原はどこでも自由そうだよね」
「たまには力抜けよ」



「誰もいねえんだから、ここでくらい力抜けって。前にも言ったけど」



俺の言葉に、はありえねえくらいふんわり、頬を緩めた。
そしてその顔で、「ありがとう」なんて呟くから。
なんだか全身がむず痒いような、力が入らないような感じんなった。

「…眠い。寝る」

顔が赤いのは、真田副部長に殴られた跡でごまかせるかもしんねーけど。
なんだか照れくささに耐えらんなくなって、俺はそう言ってごろんと横になった。

「あー、牛んなるよ?」
「うるせーな、いいんだよ」
「そうですかー。はいはい、おやすみなさい」

風が、髪の毛の間を流れていく。
ほてった顔に、心地いいなーなんて考えていると。
「ほんと、自由だよね」。の声が聞こえた。





俺ん中で、世界はいつだってシンプルだ。
好きか、嫌いか。
勝ちか負けか、白か黒か。
難しいことなんて分かんねえ。
したいことをするだけ。
言いたいことを言うだけ、いたい場所にいるだけ。
そういう風にしか、生きられねえ。むしろ、そう言う風にしか生きたくねえ。

みたいな、気使いでマジメな奴の気持ちなんか知らねえし、知りたくもない。
理解なんざできねえと思うし、できたとしても、ンな努力はしない。

「なんで、切原はそんな優しいの?」
「教室の窮屈感とか、なんで分かってくれんの…?」
「どうして私がここに、切原の縄張りに来ること、許してくれるの…?」

そろそろ本格的に眠りの世界に引っ張られそうな頭の中、独り言のようなの声が聞こえた。
そんなことも分かんねーの?
決まってんじゃん。
俺がアンタを好きだからってこと以外に、理由があるとでも思うワケ?
だってさ、考えてもみろよ。
さっきまで俺、今日は最悪の一日だと思ってたんだぜ?
携帯壊して、寝坊して。
真田副部長に殴られて、仁王先輩に炭酸飲まされて傷口に染みて。

でも、アンタが、ここに来るだけで。
今日が最高の一日になるんだから、そりゃもう決まりだろ。
に惚れてなきゃ、こんな気持ちになるわけねえ。
やっぱり俺の頭は、いつだってシンプルなんだから。



いっそのこと、もう俺のもんにしちゃおうかと思ったけど、やめた。
なんだか今は、眠りたい気分だったから。
変わりに、すでに回らない呂律で言葉を吐き出す。

「な〜、5限さー…アンタも、サボれよ」
「えー?なんでよ」
「俺がそうしたいから」

閉じた瞼の向こう、がなんかグチグチ文句を言ってんのが聞こえた。
面倒臭いから、手近にあったの腕を掴んでやった。

「ちょ…っと!きりはら?!」
「おやすみ〜」

掴んだ腕は驚くほど細くて、そして熱かったけど。
なんだか俺の体温に、すげえしっくりなじむ気がした。





なあ、結構いいと思わねえ?
マジメなと、気まぐれな俺。
アンタと俺は違いすぎるけど、こんなにもはっきりと色が違うってのはむしろ爽快だと思うんだけど。

が、俺のサボりスポットの屋上に来る日は、決まって晴天だ。
晴れているからここに来るのか、が来るから晴れるのか、どっちかは分かんねーけど。
(まあ普通に考えて、が来るから晴れるってことはないだろうけど。)
でも、そのおかげで、俺ののイメージはどこまでも高い青。



5時限目の屋上から見る、一番好きな色。



その2つの気に入ったモンを掴んだまま。
俺はきっと、最高に幸せな夢を見る。

観念したの腕の動きが止まったのを。
指先に感じていた。





END






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